第148話 新たな戦場へ

「どういうつもりだ?ギルガイズ」



 崩れ去った父さんから視線を外し俺はギルガイズの方に向き直る。未だに次元昇華アセンションで強化した概念英雄テトラを解けないのはかなり辛いがこの状態で臨戦態勢を解くほど俺はバカにはなれない。



「どういうつもりとは?」


「そのままの意味だ。やろうと思えば俺を殺すことだって出来た筈だ。なのに、どうして父さんの左腕のみを狙った?」



 ギルガイズの霊装解放である極重力球ブラックホールの最大範囲は知らないが少なくとも俺と父さんを覆えるレベルなのは前の戦闘で分かっている。今回もその範囲にしていれば俺を殺すことも出来た筈だ。



「悪いが、俺はそこまでお前を過小評価していない。俺の予想では自身に殺気を向けられた瞬間にお前は一切の躊躇なく右腕を切り落として離脱を図っただろう」


「過大評価だな」



 謙遜しつつもその可能性は大いにあったと俺も内心納得する。特に今は完全昇華アレクシオンを使用して敵意にも敏感になっている。第六感もあるので霊装解放レベルの攻撃なら逆に回避しやすいかもしれない。



「そうとも限らない。現に、お前が今使用している霊装解放は俺の霊装解放に耐え得る可能性がある」



 なるほど、ギルガイズの今の話し方から察するに俺が霊装を二つ所持していることについては知らないようだった。ギルガイズの中では概念英雄テトラによるこの青いオーラが俺の霊装解放だと思っているみたいだ。



「では聞き方を変える。なんで俺を助けるような真似をした。あのままお前が介入しなければ俺は間違いなく右腕を切り落としていた」 



 もしギルガイズが父さんに対して霊装解放を使わなければ俺は間違いなく自身の右腕を切り落としていた。なのにそれをしなかったのは何故だ?そもそも、インサニアシリーズにされたとはいえ、本来なら同じ組織に属している筈の父さんをギルガイズが攻撃した理由は何だ。



「やけに質問が多いな。だが答えてやろう。お前を助けた形となったのは俺なりのケジメだ」


「ケジメ?」


「あぁ、元々アマンダにロイドを新たに作るインサニアシリーズの素材にするように提案したのは俺だ」


「お前が」



 別に不思議な話ではない。インサニアシリーズという自己意志の崩壊を招く人形を製作するに当たって父さんの持つ霊装解放はこの上なく相性が良い。父さんとの最後の戦闘で一度霊装解放を見ているギルガイズなら寧ろ勧めない理由がない。



「グランドクロスにくみするものとして合理的な判断をしたと自負している。実際に強かっただろう?」


「あぁ、少なくとも霊装解放に至った騎士でも大抵の奴は傷を付けることもなく殺されてるだろうな」


「相性にもよるが概ねその通りだ」



 少なくとも、単独ならマサムネやベルリアでもまず勝てないだろう。それ程までに強かった。



「俺たちグランドクロスの間ではロイドのことをバサラ・インサニアと呼んでいた。死体であったロイドの肉体を修繕し霊核を埋めてからアマンダが支配することで生まれたバサラ・インサニアは本当に強くグランドクロスの一員として俺は自分の判断が正しかったと再認識した」


「それで?」


「一方でロイドの最後の足掻きを見届けた身としては少し気分が悪くてな。だからせめて、推薦した者としてその結末を見定めようとこうして足を運んだという訳だ。ジャポンを破壊したのならそれは作戦成功として納得する。誰かに殺されたのなら俺の心も少しは軽くなると思ってな」



 迷いが一切ない。この手の人間は本当に厄介だ。人間は善と悪を捨てることは出来ない。例え犯罪者でも家族や仲間を大切に出来るように何処かに善性は存在する。



 精神の不安定な人間はそれを自己矛盾として悩み、結果隙が生まれるがギルガイズは全てを割り切り許容している。この男を精神的に崩すことはまず出来ないだろう。



「答えになってないな。何で俺を助けた?」


「強いて言うなら気まぐれだ。息子に殺されるのならロイドも報われるだろうと思った矢先にお前が右腕を自身で切断しようとしたからな。散り際くらいは花を持たせてやりたかった。それだけのことだ」



 完全昇華アレクシオンを使用している今の俺はあらゆる能力が向上している。だからこそ、今のギルガイズの発言が嘘でないことも分かってしまう。



「はぁ、流石に限界か」



 少し話し過ぎてしまったようで俺は概念英雄テトラが強制解除されるのと同時に地面に膝を着いてしまう。初めて使用した概念英雄テトラ次元昇華アセンションまで上乗せしたせいで負担が大きくなり過ぎた。



「バサラ・インサニアを相手にして五体満足なだけでも大したものだ。成長したな、レイド」


「その言葉は父さんに掛けて欲しかったな」


「そうだな、俺では役不足が過ぎる」



 どうせ抵抗出来ないので完全昇華アレクシオンも解除して臨戦態勢を解いた。でも不思議なものだ、俺の感覚からしてギルガイズが敵であるということは確信を持って断言出来る。それなのに、何故か憎むことが出来ない。



「ギルガイズ、お前はここで俺を殺す気なのか?」


「何故そんな質問をする?」


「あまりにも殺気がない。それに、何となく今のお前は俺を殺さない気がする」



 目の前に霊装を展開している敵が居るにも関わらず俺は自分がこの後殺される未来が想像出来なかった。そもそも、会話をしている中でギルガイズは一度たりとも殺気も敵意も漏らしていない。



「本当に察しが良いな」


「何故俺を殺さない。ここで殺しておかないと確実に損をするぞ」


「さっきも言ったが俺は今回ロイドの最後を見届けに来ただけであってジャポン襲撃計画には一切関与していない。義務も対価も発生しない以上、手負の獣に勝負を仕掛ける意味もない」



 本当に合理的だな。既に力を使い果たしつつあるとはいえもしギルガイズが本気で俺を殺しに来たのなら抵抗くらいはするつもりだった。そうなれば、ギルガイズが手傷を負う可能性も発生する。



「その様子だと、グランドクロスに忠義は尽くしてないようだな」


「元々、そういう組織だからな。では俺はこれで帰らせてもらう。精々生き延びろよ、レイド」


「お前に言われなくてもそうするつもりだ」



 ギルガイズが歩き去って行く背中を見ながら俺はボロボロの体に鞭を打ち何とか立ち上がる。本当ならこのまま地面に背を付け寝たい気分だがまだ戦いは終わっていない。



「死霊のアマンダだけは何としても今回で仕留めないといけない。そうと決まれば俺のすべきことは気配を殺した奇襲一択だ」



 死霊のアマンダの霊装解放の厄介さは父さんとの戦いで身に染みて分かった。霊装解放で操れる死体の数は分からないが少なくとも墓荒らしの被害にあった過去の騎士王も今回のジャポン襲撃に戦力として回されていると考えた方が良い。



「ひとまず、ルイベルトさんの所へ急ぐか」



 今回の襲撃事件において敵の本命は間違いなくルイベルトさんだ。俺が父さんを倒している間にも他の二人がある程度敵戦力を無力化してくれていることを考えると残っている敵戦力の居場所は自然とルイベルトさんの所へと集まる筈だ。



 そうして俺は何とか残りの力で次元昇華アセンションを使用して気配を最大限殺しルイベルトさんの元へと急ぐのだった。

 

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