第153話 過ぎ去った脅威
「戦況はどうなっている?」
「はい、アマンダ様の投入した戦力は全て無力化されてしまいました。ジャポンにそれなりの被害は出せましたが復興にもそこまで時間が掛からない程度かと」
「そうか。アマンダ、あのインサニアシリーズはどうなった」
「誰にやられたのかは分かりませんが倒されたのは確かです」
聴覚強化を使いノワール、千変の魔女ザリア、死霊のアマンダの会話を盗み聞きながら俺は腰に刺してある剣に手を掛ける。ジャポンにかなりの被害を出しておきながらノワールの欠損以外にグランドクロス側に被害がないなど許容できない。
「それよりも、傷の手当てはよろしいのですか?」
「回復系の神器が破壊されたせいで傷の治癒が出来ない」
「では私が」
「その必要もない。止血はしてあるが外的要因での完治は不可能になっている。傷が塞がることはあっても腕や目が元に戻ることはない」
「ノワール様。それは今後の計画に支障が出る範囲の負傷ですか?」
「いや、ルイベルトという男が桁違いに強かっただけで今の状態でも騎士王のランスロットや鬼神のロゼリア程度なら相手取れる。それに、最も入手難易度の高かった神器が手に入ったんだ。その程度の負傷は気にもならない」
数多くの霊装解放が封じられ、右腕と左目が欠損している状態でロゼリアさんや現騎士王のランスロットを下に見る発言をしているノワールだが、実際にルイベルトさんとの戦闘を見ている俺は一切の文句が出てこない。
今の俺の持ち得る定規ではこの世界の最上位に位置する彼らを推し量ることも叶わない。
「ノワール様、この後はどう動きますか。予定ではこのまま帰還する手筈ですが想定以上にジャポンへの被害は少ないことを考えると追撃を行うという選択肢もありますが」
「私も、失った戦力を集める為に死体の回収くらいはしておきたいのだけど」
「却下する。今回の俺たちの目的は今後邪魔になるであろうルイベルトの始末と神器の回収だ。欲張る必要はない」
なるほど、これは手強い訳だ。目的を遂行した後は欲張らずに次へ備えて準備をする。狡猾というよりは知的で理性的な印象を受けるがこの手のタイプが一番厄介だ。
奇策や卑怯な手段なら組織が大きくなればなるほど難しくなり癖やパターンで先読みも出来る。だが、複数国家を相手に出来る戦力を集めているなら堅実なタイプの方が相手をするのに面倒臭い。ここまでグランドクロスが大きな組織になったのは間違いなくノワールの手腕によるものだろう。
「あまり長居をする必要もない。アマンダ、ルイベルトの死体だけは回収しておけ。もし神装解放の再現が出来命令が出せるのなら俺の負傷も完治出来るかもしれない。何より、良い戦力になる」
「了解しました」
情に流されることはなく、使えるものはなんでも使うスタイルか。どこまでも冷徹だがやはりノワールには何か明確な目的があるように感じる。それも、執着に近い何かだ。
「霊装解放、
アマンダがルイベルトさんの死体触れた瞬間ルイベルトさんの死体は突然姿を消してしまう。これで俺の狙うべきターゲットは決まった。ノワールは初めから選択肢から除外するとしてこの場で俺が仕留めることが出来るのは千変の魔女ザリアか死霊のアマンダの二択だった。
千変の魔女ザリアは変幻自在に霊装を使い分け国の主要都市にノワールを含めた六魔剣全員を転移させるという暴挙も可能だ。そう言った意味では真っ先に殺しておきたい相手筆頭だが、今回の国落としのように本格的な戦争を想定するなら死霊のアマンダほどの脅威もまずいない。
それ故に、どちらを殺すかを思案していたが死霊のアマンダがルイベルトさんの死体を取り込んだことで優先順位は決定した。ルイベルトさんがせっかく残してくれたものを無駄にしない為にも今ここで死霊のアマンダを殺す。
とはいえ、普通に奇襲を仕掛けて通用するほど甘い連中でないことはよく知っている。恐らく、今奇襲を仕掛けてもノワールに気づかれて返り討ちに会うのがオチだ。千変の魔女ザリアも咄嗟に最適な霊装を使って来るし、あの中で一番弱そうな死霊のアマンダでも咄嗟の奇襲に反応して対処すること自体は可能だろう。
だからこそ、千載一遇のチャンスを待つ。
「ルイベルトの死体も回収出来た。引き上げるぞ」
「承知しました」
そう言って千変の魔女ザリアが霊装を発動しようとしたタイミングで俺は剣を強く握り、残り少ない力を振り絞った。この気を逃せばもうこれほどのチャンスは訪れない。
「
「韋駄天、刹那」
操られた父さんとの戦いで霊人へと至った俺の霊装の出力は以前と比較しても格段に向上している。その為、足への負担を無視すれば千変の魔女ザリアが霊装を発動してから動き出してもギリギリ間に合うことが出来る。
狙うタイミングは千変の魔女ザリアが霊装を使い油断し切っている一瞬。気配を極力殺し、音を立てずに最短距離で接近して三人が転移するタイミングギリギリで剣を抜刀し振り抜く。
驚愕の声も焦った声も聞こえない。ただ、質量を持った物質が地面に落ちる音だけがその場に響く。感触は十分、風に乗せられ散っていく紫の髪が作戦の成功を知らせてくれる。
「本当に、騎士らしさの欠片もないな」
死霊のアマンダの首を切り落とし敵戦力を大幅に削ったというのに達成感は存在しない。一切の戦闘行動を取らずに帰還する瞬間の隙を突いて命を刈り取る。騎士というよりは暗殺者の手法だが後悔はない。
「案外普通だったな」
敵として対峙している時は異常者に見えるのに、仲間と接している時は何故か普通の人間に見えるから不思議だ。俺は悪を成敗した訳でも正義を執行した訳でもない。自分にとって都合の悪い人間を殺したに過ぎない。
「せめて埋葬くらいはするか。手向けの花は何にしようか」
ノワールがジャポンを去ったことでジャポンに対するグランドクロスの襲撃は完全に幕を閉じた。この後は事後処理や街の復興をして徐々にジャポンは元に戻って行くだろう。
「お疲れ様レイド。本当に六魔剣の一人を倒したんだね」
「そうしなきゃ、俺たちの処分は減刑されないからな」
今後のことを考えていた俺の元へとボロボロのマサムネとベルリアが近寄って来る。ルイベルトさんが死んだというのにマサムネの顔は案外スッキリとしていた。それでも、会話には軽口で返しておく。
「二人ともお疲れ様。ジャポンは無事だったし一応今回の作戦は成功で良いのかな?」
「うん、ベルリアさんも協力ありがとう。師匠は死んじゃったけどサムライとしてはこれ以上ないほど良い死に方だったから不思議とあっさり受け入れられるよ」
「なら良かった。流石に疲れ過ぎてマサムネを励ませるほどの体力は戻ってないからな」
「レイドはボロボロだね。今日はボクが癒してあげる」
「二人とも程々にね」
こうして二人と会話していると本当に戦いが終わったのだと実感する。今回の戦いは本当に得るものが多かった。自分の心情の変化に気づき、霊装解放を習得し、新たな霊装まで得ることが出来た。確実に強くなり大切なものを守れる力を手に入れた実感がある。
なのに何故、騎士からは遠のいてしまった気がするのだろうか。
「マサムネ、後のことは任せたぞ。俺はもう寝る」
「小屋までは肩を貸すよ。お疲れ様」
「ボクも添い寝しよっと」
クルセイド騎士学園に戻ったらロゼリアさんからの説教が待っている。その後はみんなにことの経緯を説明してやっぱり怒られるのだろう。寝ている間に良い言い訳が思い付くことを願う。
それから数秒後、俺は意識を手放したのだった。
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