第154話 事後処理

「んっ、ここはルイベルトさんの小屋か」



 目を開けると見知った木造の天井が視界に入る。ここ最近ずっと見て来た天井なので見間違う訳もない。ここは、ルイベルトさんの住んでいた小屋だ。



「痛っ」



 現状を確認しようと体を起こそうとしてあまりの激痛に一度横になる。痛みの種類的に骨折や打撲などの負傷ではない、疲労や体の酷使による負荷だと分かる。無理もないことだ、父さんとの戦いで自身の限界を超えた力をそれなりの時間発揮し続け、その上で死霊のアマンダを倒す為にもう一度限界を超えて動いたんだ。



「自己治癒力を高める暇もなく意識を手放したのか」



 次元昇華アセンションを使って自己治癒力を高めていればもう少しマシだったかも知れないがもう後の祭りだ。けど、グランドクロスのリーダーであるノワールに癒えない負傷を負わせ、ジャポンに対する被害を最小限に抑えただけでも今回の俺たちの作戦は成功と言える。



「惜しい人を亡くしたな」



 ルイベルトさん、新たな霊装に目覚めた今の俺が万全の状態に回復しても手も足も出ないほどの高みに居た強者。本音を言うならもっと色々なことを教わりたかったがあの最期を見ると悲しみよりも納得の方が大きくなる。



 恐らく、ノワールを倒す為には今回のルイベルトさんの死が必要不可欠だった。最終的にノワールを倒すのがロゼリアさんにしろ、現騎士王のランスロットさんにしろ、ルイベルトさんの与えたダメージなしでは負けていると思う。それほどまでにあの二人は隔絶した強さを持っていた。そして、それはロゼリアさんやランスロットさんも同じことだ。



「神装解放、今ある情報だけでも俺が使える可能性は高い」



 グランドクロスが襲撃を仕掛けて来るより少し前に俺はルイベルトさんから神装解放について詳しい説明をされていた。曰く、長い年月を掛けて寄り集まった集合型の霊装にのみ至れる境地であり、その能力は概念を司り世界の法則を捻じ曲げる。また、霊装解放では決して太刀打ち出来ないとも言っていた。



 思い返して見ればノワールの使っていた様々な霊装解放もルイベルトさんの神装解放に悉く潰されていたし、ノワールが同じ神装解放を使用した瞬間に二人の力は釣り合いが取れていたように思える。



「まずは霊装解放か」



 俺は次元昇華アセンションの霊装解放には至ったが概念英雄テトラに関しては霊装解放にすら至れていない。自分でも、何処を目指しているのか分からなくなって来たがそれでも強さに貪欲なのは確かだ。いつか来る死は受け入れている。だが、それまでの過程で大切なものを守る為にも絶対的な力は必要不可欠だ。



「ねぇ、レイド。ボクだけど中に入っても良い?」


「ベルリアか、入って良いぞ」


「じゃあ失礼しますっと」



 部屋に入って来たベルリアは傷らしい傷が見当たらず何処かを庇っている様子もない。毒の生成に力を入れていたこともあって目立った外傷は見受けられない。



「派手に戦ったみたいだね。レイドが戦闘した跡地見たけど凄かったよ」


「相手が相手だったからな。それで、俺はどのくらい寝てたんだ」



 ベルリアが言っている跡地は俺と父さんが戦った場所のことだろう。周囲に人が居ないことは確認したが町一つが更地になるレベルで暴れた記憶はある。



「丸一日って所かな、レイドのことを見た医者が驚いてたよ。こんな素晴らしい体は見たことがないって」


「前にクルセイド騎士学園の先生にも同じことを言われたよ」



 あれだけの無茶をして一日で起きれるあたり本当に次元昇華アセンションは便利だ。霊装解放に至ったことで出力も上がっているだろうしそこら辺の感覚の擦り合わせから始める必要がありそうだ。



「それでねレイド、悪い知らせと良い知らせの二つがあるんだけどどっちから聞きたい?」


「悪い知らせから頼む」



 ベルリアの表情からどちらの知らせもそこまで大きいものではないと感じ取った俺はひとまず悪い知らせから聞くことにした。



「了解。悪い知らせはねレイドの持って来てた剣についてなんだけど」


「折れたか」


「うん、レイドが意識を失った後鞘から引き抜いてみたら砕けてたよ。マサムネくんから見ても死霊のアマンダの首を落とすまで持ったことが信じられないくらいだって」



 なんとなく分かってはいたことだった。いくら次元昇華アセンションで強化したと言っても霊装ではない、それどころか人造霊装ですらない名剣が全力の父さんの一撃を受け止め続けて無事で居られる訳がない。



「供養、してやらないとな」


「そんなに大切な剣だったの?」


「愛弟子からの貰い物だよ。兄の形見なんだと」


「そっか。じゃあ持って帰らないとね」


「あぁ、そうだな」



 六魔剣の一人である死霊のアマンダの首を落としたと言うことで多めに見てもらおう。全く、俺はあと何度剣を折れば良いのか。また新しい剣を探さないとな。



「それで、良い知らせの方は何なんだ?」


「えっとねぇ、私も含めてなんだけど特にレイドが英雄視され始めててジャポンから正式に臨時報酬が出ると思う」


「なるほど、神輿みこし役か」


「その発想が出て来る所は流石だね」



 今回のグランドクロスの襲撃でベルリアは死霊のアマンダの保有している戦力の無効化に成功した。それはベルリアの作った毒を各地に運んだ多くの忍者が証明してくれるだろう。対する俺も、単独でこの国に復興不可能なレベルの被害を与えられるインサニアシリーズ化した父さんを単独で倒して、ルイベルトさんの最後の抵抗を繋ぎ六魔剣の一人である死霊のアマンダの首を取ったと活躍だけを挙げるのならルイベルトさんを除く全ての人間を数歩は突き放している。



 というか、グランドクロスが活躍し始めてから六魔剣を倒したのは今回の死霊のアマンダが初めてになる。それだけ聞けば臨時報酬が贈られるのも不思議なことではないが恐らく、ジャポン側の本当の目的は俺を神輿みこしとして担ぎ上げジャポンの全体の士気を下げないことにある。さらに深掘りするのなら今後各国と関係性を築いて行くにあたっての橋渡しと言った所か。



「ジャポンはこれまでルイベルトさんという絶対的な強者を理由に五カ国同盟に参加せずとも各国と渡り合うだけの地位を得ることが出来た。けど、ルイベルトさんが死に致命的ではないとは言えそれなりの被害を出した今のジャポンに他国と対等に渡り合う手段はない」


「そうだね。被害者ではあるけどそれを前面に押し出せばかなりの貸しを作ることになるし今までのことを考えても下手に出ることも出来ない」



 例えジャポンが完全な被害者だとしても隙を見せれば喰われるのが政治の世界だ。父さんの末路にも通じるものはある。



「だが、唯一ジャポンが最小限のダメージでこの現状を切り抜ける手段がある」


「うん、ボクもジャポン側の立場ならこの手段を取るだろうね。既に世界の敵となり最大級の脅威になってるグランドクロスのリーダーに自国の英雄が差し違えて与えた大打撃という功績を持ってレイドという橋渡しを使い同等な立場で五カ国同盟に加わる」



 今更ジャポンが五カ国同盟に加わりたいと言っても優位な交渉など出来る訳がない。だが、グランドクロスの脅威を改めて認識したとでも言えば五カ国同盟に加わる理由付けは十分だしルイベルトさんが殺されたとあっては国民も納得せざるを得ない。



 そして、交渉のテーブルにさえ付けば今回のジャポンの成果を持ってかなり優位に事を運べる。五カ国同盟の一角であったペア帝国がグランドクロスに落とされたのに対してジャポンはリーダーであるノワールの右腕と片目を奪い複数の霊装を削ったという文句のつけようのない功績がある。それも治療不可ともなればその価値は計り知れない。



「俺が起きたと分かったら直ぐにでも接触して来るだろうな。面倒くさい」


「ボクとしては向こうが利用して来るならこっちも最大限に利用するつもりだけどレイドは何か欲しいものとかあるの?」


「取り敢えず新しい剣だな。後、クルセイド騎士学園に戻ってからの処分を軽くするくらいだな。政治関連に関してはロゼリアさんに投げよう」



 利用すると言っても悪意に満ちたものではない。ならば、下手に抵抗するよりも少し協力して最大限利益を得た方が良い。ここら辺の感覚はそれなりに経験を積んだ俺やベルリアこそなのだろう。普通の騎士見習いなら間違いなく祭り上げられた時点で浮かれて相手の思惑まで考え付かない。



「今思ったけど、レイドって騎士見習いって名乗れるの?」


「それはどういう意味だ?」


「そのままの意味だよ。騎士見習いの中にも強い人はそれなりにいる。それこそ霊装解放まで至ってる天才たちがね。でも、レイドは強さじゃなくて実績が他の騎士見習いの人とは違うでしょ」



 確かに、言われてみればグランドクロス相手にそれなりの成果を出して来た覚えはある。これまではその成果があくまでもクルセイド騎士学園の生徒としての範囲にあったが今回のジャポン襲撃はその範囲を大きく逸脱している。ほぼ暗殺とは言え四聖剣と同等と言われている六魔剣の一人を倒しインサニアシリーズ化した父さんも倒した。更にはノワールの欠損が完治する唯一の手段の阻止。功績だけ見れば聖騎士になっても不思議ではない。



「ここから棋士にならないという選択肢はあるのかな」


「ないんじゃない。少なくともジャポンがレイドを祭り上げる気なら逃げ道は完全に塞がれてると思うよ」


「だよな」



 果たして、今回の一件はどう脚色されるのだろうか。願わくば、父さんのことは持ち出さないで欲しい。だが、きっとそれは叶わない。そんな確信が俺の中にはあった。

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