第29話 出場選手決定

「レイドさん、これはどういうことなのか説明してくださいませんか?」


「決闘の邪魔はルール違反。どういうつもり」



 フレアさんとソフィアさんの決闘に割って入った俺は二人から非難めいた眼差しを向けられる。まぁ、本来なら神聖視される決闘に割って入るなんてそれこそどちらかの命の危機でもない限りはあり得ないことだ。



「何やってるんだよレイド」


「折角良い所だったのに」


「何考えてるのレイドくん」



 それは二人の決闘に魅入っていたクラスメイトも同じようで皆口々に俺に対しての文句を口にする。



 しかし、そうでない人間も何名か見受けられる。まず一人はマサムネだ。まぁ、マサムネの場合は霊装の能力もあるので当然の結果だろう。次に、教師陣であるバンス先生とロゼリアさんも当然ながら今回の顛末てんまつを理解しているようで見守る姿勢でこちらを見ている。



 そして、一番意外だった最後の一人はリリムさんだった。そう、クラスの皆がこの状況で呑気に観戦していた中、リリムさんだけは影の王シャドーロードで十三体の影の眷属を召喚していつでも生徒の盾になれるように観客席全体に配置していたのだ。



 そんなリリムさんの行動に感心しつつも俺は未だにこちらを睨んでいる二人と視線を合わせる。



「フレアさんなら水蒸気爆発の原理くらい知ってると思ってたんだけど、もしかして読書は好きじゃないのかな?」


「ッ!」


「水蒸気爆発?」



 俺の試すような言葉にフレアさんは知識としては知っているようで「しまった」といった様子で狼狽しだしてしまう。そして、一方のソフィアさんは水蒸気爆発という現象を知らないようで「それが何?」といった様子で俺に尋ねてくる。



「水蒸気爆発っていうのは水が急激に熱された時に水の体積が過剰に増えることで大爆発を引き起こす現象のことだよ。本来なら炎と氷では起こることない筈なんだけど、本気で霊装を使えばそれがかなりの規模で起こるんだ」


「じゃあ、もしレイドが止めてなかったら」


「まぁ、その時はロゼリアさんが止めてくれるとは思うけど、もしあのままフレアさんとソフィアさんの技が衝突していたら何人かは死んでいたんじゃないかな?俺も、あの規模の氷を一瞬で気化させる所なんて見たことないし」



 俺の説明にソフィアさんは今度こそ顔を青ざめさせて黙ってしまう。どうやら、ソフィアさんにとっては誰かが死ぬということが余程心に来るらしい。



 だが、問題なのはこの二人だけではない。むしろ、呑気に観戦していた彼らにこそ問題があると俺は思う。



「そして、実際の現場で炎と氷を使う騎士と犯罪者が対峙した時、仮にこの場に居るA組の生徒がその場に立ち会ったとしても、一般市民を爆発の範囲外に逃そうと行動出来るのはたったの二人だけということになるね」



 その二人に関しては名前までは言わないがそれでも、霊装を発現しているリリムさんとちゃっかりと席を立って抜刀しているマサムネを見ればその二人が誰のことなのかは明らかだろう。



「フレアさんもソフィアさんも騎士を目指しているんだったら気をつけた方が良いよ、君たち二人が使っている霊装というものは使い方によっては何百何千の民を虐殺する兵器になりかねないのだから。守ろうとした結果が巻き込んで殺してしまうなんて目も当てられない」



 今でこそ騎士の活躍が目立つせいで霊装は凄いものとして扱われているがその実態は人の願いの結晶だ。当然、その中には憎悪や憤怒、利己的な欲望から生まれた霊装も存在する訳で危険でない筈がない。



 何より恐ろしいのは、そんな危険な霊装を神聖化して平然と人に向けている所だろう。先程の決闘を見ていたクラスメイトの大半が目を輝かせて、間違っても誰かが死ぬなんて想像すらしていなかったのが何よりの証拠だ。



「まぁ、その辺にしてやれレイド。確かに今回の一件は決してめられたものではない。それでも、彼女らはまだ騎士見習いで騎士を学んでいる最中だ。何より、生徒が間違えても良いようにこの私が居るのだからな」



 俺がある程度言いたいことを言い終えるとタイミングを見計らってかロゼリアさんが割って入って来る。俺としてもこれ以上この場の雰囲気を悪くしたくないのでありがたい。



「そうですね、俺もまだ騎士見習いでしかない彼女らを見て"答え"を急ぐ気はありませんよ。失敗したのなら次に活かせば良い、それが出来る環境が"彼女らには"あるのだから」



 この学園にロゼリアさんがいる以上、最悪の事態にはならない筈だ。他の教師だって皆上級騎士ではあるのだしきっと良い方向に導いてくれることだろう。それでも、



「どういう方針で生徒を育てるのかは俺の関与するところではありませんけど"無知は人を殺せる"これだけは教えてあげてくださいね」



 知っていれば生きていた、そんな人間を俺は何人も見てきた。騙されて売られる子供たちも、良いように利用されている大人も、無知が原因で人を差別し虐める人間も、知っていれば救われた人なんていうのはこの世の中には割と沢山たくさんいる。ただ、それを教えてくれるお人好しが圧倒的に少ないだけで。



「取り敢えず、今回の決闘に関しては両者の危険行為により引き分けとする。だが、良い学びの場になっただろう。これが本来の霊装使い同士の戦いだ、皆も霊装が使えるようになった時には今日のことを思い出してくれ」



 ロゼリアさんの言葉で取り敢えず場の雰囲気も元に戻り良い感じにまとめることが出来た。しかし、まだ問題は残っている。そう、元々今回の決闘はフレアさんとソフィアさんのどちらが剣舞祭に出場するのかを懸けたものだ。それが引き分けとなった以上また、どちらが出るのか決めなくてはならない。



「さて、決闘が引き分けになった以上剣舞祭への出場権はまだどちらのものでもない訳だがこれからどうするつもりだ」



 それは当然、審判をしていたロゼリアさんも理解しているようでロゼリアさんは未だ落ち込んでいるフレアさんとソフィアさんにそう尋ねる。



 そんなロゼリアさんの言葉に初めに反応したのはフレアさんの方だった。



「まずはすみませんでした。危ない所を救ってもらっておきながら私はレイドさんに負の感情を向けてしまいました。やはり、私はまだまだ未熟です」



 俺の方に向き直ってからフレアさんが初めに口にしたのは俺への謝罪の言葉だった。



「今回の決闘でレイドさんは私の放った灼熱の灰燼インフェルノを易々と両断して見せました。ですので、私はどちらが剣舞際に出場するのに相応しいかを判断するのはレイドさんが適切だと思います。レイドさんが決めてくださったことに私は従います」



 そんなフレアさんの提案に俺は困ってしまう。確かに、どんな形であれ二人の決闘に割って入ったことは事実なので責任を取れと言われればそれまでだし、二人の最大の攻撃を完璧に対処して見せた以上、俺が決めたことにはクラスの誰も文句はないだろう。それでも、こういう選択は自分たちでやってほしい。



「私もごめんなさい、そしてありがとう。私もレイドが決めたことに従う。でも、いつかこの借りは返してみせる」



 フレアさんの提案にソフィアさんまで乗っかってしまった以上もう、俺に成す術はない。そう諦めをつけた俺は改めて今回の二人の決闘を脳内で検討し直してみることにする。



 純粋な強さという面なら正直互角だろう。お互いに長所と短所は存在するものの総合力で見ればそこまでの差はない。また、霊装の相性に関しても炎と氷でお互いに相殺し合っているためここでも優劣はつけがたい。



 ならばと、俺はこの決闘が行われるまでの経緯を思い出すことにした。そもそも、この決闘でフレアさんとソフィアさんが始めに教室で懸けたものは対等ではない。



 フレアさんはソフィアさんに勝つことで実力を証明して堂々と剣舞祭の舞台に上がるためにこの決闘を受けていた。それに対してソフィアさんは元々フレアさんが持っていた剣舞祭への出場権を手に入れるために決闘を挑んだのだ。



 つまり、今回の引き分けの結果をそのまま二人に反映させた場合、実力を証明しきれてはいないもののフレアさんが剣舞祭に出るというのが一番納得が行く気がする。



「そうだね、実力では拮抗していてあまり順位は付けられないけど、今回は元々の剣舞祭への出場権がフレアさんにあったからフレアさんが出るのが良いんじゃないかな」



 自分の中で出た結論を俺はなるべく二人が傷付かないように注意しながら話していく。別にこんな配慮に意味があるかは分からないがこういう小さな気遣いの連続が良好な人間関係を築く秘訣ひけつなのだ。



 まぁ、築いたところでどうしたという話ではあるが、



「そうですか。分かりました、では私が剣舞祭の最後のメンバーということで良いですか?」


「私に異論はない。冬季に行われる剣舞祭では今度こそ私が出場してみせる」



 なにやら、本人たちも納得してくれたようで良いライバル関係を築いている二人を置いて、俺は静かに観客席へと戻るのだった。




◇◆◇◆




 フレアさんとソフィアさんの決闘にも決着がつき今日一日の授業を終えた放課後、俺とマサムネとフレアさんは剣舞祭の件で理事長室に呼び出されていた。



「いやぁ、よく来てくれたね三人とも。放課後なのにわざわざ済まない」



 呼び出しに応じて理事長室までやって来た俺たちを待っていたのは、机に座りながら大量の書類と睨めっこしているロゼリアさんの姿だった。



「いえ、私たちは剣舞祭に出るのですから当然のことです」



 そんなロゼリアさんに対してフレアさんは完全に緊張してしまっている。まぁ、騎士を志す者としては当然の反応なのかもしれない。



(ねぇレイド、間近で見るとさらにヤバいんだけど何あれ?僕の師匠と同じ匂いがするよ)


(泣く子も黙る鬼神様だ。今この星が壊れていないのはあの人が本気を出していないからだそうだ。感謝しておけよ)


(はぁ、確かにあれは種族からして別物だろうね)



 そして、そんなフレアさんの反応を他所に俺とマサムネはこそこそ話に花を咲かせていた。会話の中に出てきたマサムネの師匠というのは非常に気になったりするがこれ以上話していては流石にバレるので俺たちは揃って真面目な顔でロゼリアさんに向き直る。



「それで、今日君たちを呼び出したのは他でもない。剣舞際に向けての君たち三人の意気込みを聞きたかったからだ。君たちも知っての通り毎年開かれる剣舞際には当校の威信が掛かっている。故に、実力だけのふざけた人間は必要ない」



 その言葉を言い終えた瞬間、ロゼリアさんから放たれた圧倒的な覇気にロゼリアさんを知っている俺ですら一瞬この場から逃げることを考えてしまう。



 だが、そんなことはしないし出来ない。何故なら俺の目的はふざけてなどいないのだから。それに父さんが守ろうとしたものに価値があったのかを見極めるのに他校の騎士を見れる機会を見逃す手はない。



「俺は正直この学園の威信についてはどうでも良いです。実力で選ばれた俺たち三人が他の者から評価されずにこの学園の威信を落とすのならば、それはこの学園がその程度だったというだけですから。そんなことよりも俺は自分の知りたい答えのために剣舞際に出ます。この目的でダメならば、どうぞ俺をメンバーから落としてください」



 俺には何も後ろめたいことはない。そんな意思を込めて俺は真っ直ぐロゼリアさんの目を見つめながらそう宣言する。



「僕はそもそも騎士を目指してこの学園に来たわけではないので威信とかは分かりません。僕の目的はサムライの強さを証明すること。騎士らしさは保証できませんが、確実な勝利と実力の証明は保証します」



 俺に続く形でマサムネもまた自分の意思を示して見せた。正直、この回答を現役の聖騎士相手にするのはどうかと思うがやはり、マサムネのこういうところは嫌いではない。



 そして、俺たち二人の宣言を聞いたロゼリアさんは満足そうに頷いてから最後の一人であるフレアさんへと視線を向ける。



「さて、方や自分の知りたいことの為に、方や侍の強さを証明する為に。どちらも私の聞きたい答えからは離れているものの、それでも恥じることなく堂々と宣言できるほどには本気の目標だ。君の目標はどうかな?フレア・モーメント」

 


 俺たちの時よりもさらにその身にまとう覇気を強くしたロゼリアさんはどこか楽しそうに試すような視線をフレアさんへと向けている。そんなロゼリアさんに対してフレアさんは、



「ふぅ〜、私はお父様のようなこの国と国民を守るそんな立派な騎士になる為にこの学園へと来ました。レイドさんとマサムネさんが自分の目的のために剣舞祭の舞台に上がる以上、私、フレア・モーメントが当校の威信を全国民に知らしめて参ります」



 そう、宣言して見せた。そこにはもう初めの萎縮いしゅくし緊張している姿などどこにもない、誇りを胸に高らかと自身の目標を語る騎士の姿がそこにはあった。



「フッ、フハハハハ、良いとも、全員合格だ。それだけの意思があれば心配はしない。剣舞祭の場にて必ずや我が校の力を知らしめてこい」



「「「はい!」」」



 そうして、俺たち三人の剣舞際出場が本当の意味で決まったのだった。

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