異端の騎士道

嵐猫

学園入学前

第1話 誇り高き公開処刑

 騎士。それは"霊装れいそう"という特殊な力を使い、ある時は要人の護衛を行い、ある時は困っている人に手を差し出す。そんな選ばれた正義の味方。



 子供の頃、誰でも一度は皆騎士に憧れを持つ。

 


 俺もそうだった。



 上級騎士である父さんに買ってもらった木剣を振り回して近所の子とよく騎士ごっこをやっていた。



 仕事から帰って来た父さんから武勇伝を聞いていつか俺も父さんみたいな立派な騎士になりたいと思うようになった。



 家族は俺が守るんだと、自分にはそれが出来るんだと一切疑っていなかった。




………俺が八歳になったあの日までは、




 まだ肌寒い2月の半ば、多くの国民たちが帝都の大広場に集まり、これから行われる公開処刑を今か今かと待っていた。

 


「おい!来たぞ」



 誰かが叫んだその声に俺は俯いていた視線を前へと向ける。そこには薄汚れた布一枚で俺が憧れていた騎士に引っ張られて歩く父さんの姿があった。



「この裏切り者!」


「恥を知れ、クズ騎士!」


「早くそいつを殺せ!」



 途端、聞こえて来るのは国民からの罵詈雑言ばりぞうごんの数々。普段なら絶対に言わないような言葉が俺の父さんへと集中砲火する。見れば父さんの顔は殴られたのか腫はれていて、布から除く手足には痛々しい無数のあざが作られていた。



 それでも、その足取りにブレは無く胸を張って堂々と歩いていた。



 やがて処刑台まで辿り着いた父さんは抵抗もしてないのに騎士に乱暴に頭を抑えられ両手と首を断頭台に拘束される。



「これより、大罪人である上級騎士ロイドの公開処刑を執とり行う」



 騎士が言葉を発した途端、さっきまでの暴言の嵐は一瞬で音を消し広場を沈黙が支配する。



「"聖騎士協会所属"である上級騎士ロイドは1週間前に行われたフルウス帝国との共同任務において聖騎士であり四聖剣の一員でもあるギルガイズと共に国家叛逆を企んだ。幸いなことにそれは"我が国の聖騎士"によって阻止されたが今回の行動は我がロイヤル帝国及び、フルウス帝国並びに五カ国同盟に大きな軋轢あつれきを生む結果となってしまった」



「国家叛逆の際に"上級騎士ロイド"によって殺害されてしまった20人の誇り高い騎士たちに冥福を捧げるとともに、これらの罪により上級騎士ロイドの公開処刑を執り行う。」



 拳を強く握る。指の爪が皮膚ひふに食い込み真っ赤な血が地面へと落ちるがそうでもしないと俺は今すぐ父さんの元へと駆け出してしまいそうだった。



「とっとと死ね!」


「お前なんか騎士じゃねえ!」


「この大罪人が!」



 再び浴びせられる罵詈雑言に更に拳を強く握り締める。


 無情にも投げられる石の数々に目を背けたくなる。


 徐々に上がってくギロチンの刃に今すぐにでも「やめて」と叫びそうになる。



 そんな身勝手な言動をまだ幼く未完成な理性で必死に押し殺す。これは父さんが望んだことなのだから、俺が口を出すべきではない。頭では分かっている筈なのに胸が痛い。



 死の間際でも目の前の父さんは胸を張って前を向いている。だから俺も泣かないし目は背けない。



 無慈悲にも落とされるギロチン、飛び散る真っ赤な鮮血、瞑つむりそうになる目を見開いて嗚咽おえつを漏もらす口を塞ぎ、それでも俺は前を向く。



『ねえ、父さん!父さんは何で騎士になりたいと思ったの?』


『それはな、みんなを守りたかったからだ』



 ねぇ、



『どうして父さんはそんなにも強いの?』


『この国と国民、そして家族を守るためだ』



 父さん、



『俺、大きくなったら父さんみたいな立派な騎士になりたい!』


『きっとなれるさ、なんたってお前は俺の自慢の息子だからな』



 騎士って、



『父さんが居ない間、母さんとレイは俺が守るからね』


『そうか、なら俺は安心して家を開けられるな』



 何だっけ……….




 父さんの最後を見届けた俺は重い足取りで母と妹が待つ家へと帰るのだった。




◇◆◇◆




 父さんが亡くなってからというもの俺は必死に鍛錬へと明け暮れた。正直、今の俺に騎士に対する憧れは存在しない。それでも、父さんから託された母さんと妹は俺が代わりに守るんだと確かな決意を持って俺は日々を過ごしていた。



 もちろん、それは簡単なことではなかった。



 父さんの"真実"を知らない世間からは犯罪者の家族として常に後ろ指を刺されている。あれ以来引きこもってしまった妹のレイはまだマシだけど父さんの代わりに俺たちを養うために働いている母さんの苦労はどれ程のものか想像もできない。



 俺も時々、母さんに付き添って買い物をしたりしたがその時にも犯罪者の家族に売る物はないと門前払いを受けることも一度や二度ではなかった。それでも、決まって母さんは優しい笑みを浮かべて「大丈夫よ」と言ってくれた。



 しかし、それらの差別はまだ良い方だった。大人は感情的になることはあってもしっかりとした線引きが出来ている。わざと聴こえるように悪口を言っても手を出すことは無かったし、冷ややかな視線を向けてきてもあくまで罪を犯したのが俺たち自身ではないと分かっている。



 問題なのは無邪気であるが故に何処までも残酷になれる子供の方だった。近所の子供は皆騎士に憧れていた。そんな中に犯罪者の息子が居たらどうなるかなんて火を見るより明らかだろう。



 言ってしまえばただの騎士ごっこの延長、しかし明確な俺という悪役ができたことで彼らの中の盲目的な正義感は暴力の正当化を行ってしまった。



 彼ら曰く、犯罪者に人権は無いらしい。合意も合図も無いままに決まって後ろからの蹴りで始まる騎士ごっこはただのリンチと変わらなかった。無抵抗な俺に対して複数人で殴る蹴るの暴力を行い最後には決まって正義は勝つと誇らしげに宣言をして終わる。



 ある日、それに嫌気が刺した俺はそいつらに反撃したことがあった。結果から言えば普段から鍛えていた俺の圧勝に終わり、地面に這いつくばるアイツらを見てその日は父さんが亡くなってから初めて心の底から歓喜かんきの感情が込み上げてきた。



 理不尽な暴力を返り討ちにした喜び、家族を守るために鍛えてきた力が通用したことによる自信、これからは暴行を受けなくて良いという安堵あんど。



 そんな晴れやかな気持ちは次の日に絶望へと反転した。



 申し訳なさそうに近所の人に頭を下げる母さん、俺のことをニヤニヤとした笑みで見ながら必死に笑いを堪える子供たち、口々に「やっぱり犯罪者の息子」と言う大人たち、俺に「私が弱いせいでごめんね」と謝ってくる母さん。



 一時の感情に身を任せて自分を守るために振るった暴力の皺寄しわよせは全て母さんへと向けられた。



『父さんが居ない間、母さんとレイは俺が守るからね』


「あぁ、守るってこんなにも大変だったんだ」



 その日から俺は反撃をするのをやめて理不尽に耐えることにした。それは確かに辛かったけど何処か父さんと同じになれた気がして少しだけ嬉しかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


本日から『異端の騎士道』を投稿して行こうと思っています。嵐猫です。


 小説家になろう様の方で投稿していたのですが本日からカクヨム様の方でも投稿していこうと思います。よろしくお願いします。



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