第3話 ドクターは神殿の警備兵をスルーしました。
しばらく歩くと、暗闇だった謎空間の先に、光が見えます。
「そろそろ出口だな」
「そのようでございますね」
光の先にたどり着くと、外で何やら騒ぎが起きているようです。
ドクターは、顔色ひとつ変えてはいません。
聞こえてくる騒ぎに興味がないというのがありありと感じ取られます。
「「おー!召喚は成功した!」」
「は?」
暗闇を抜けると、何やら神殿のような場所の床に、魔法陣が描かれており、神官らしき人物が複数人、魔法陣を取り囲んでいます。
「勇者様!不躾な召喚に応じて頂き、誠にありがとうございます」
「すまんな、俺は勇者ではない!お前らの召喚に応じて来たわけでもない!だから、お礼を言われる筋合いはない!以上だ!では…行くぞ!イノリ!」
「はい!ドクター」
魔法陣に召喚士、あれは紛れもなく召喚術。
そして、ここは異世界。
これは間違いないのですが、ドクターは特に気にしている様子はありません。
「お待ち下さい!勇者様!」
「………」
スパーン!
ドクターはまたもや、メスで次元を切り裂き、別空間に入っていきます。
「あれは魔王だ!」
誰かが叫び、またもや周りがざわつき始めました。
そんな様子に後ろ髪を引かれる思いで、私はドクターについていきます。
「あの…ここはもしや、異世界なのでは?」
「だから?」
「地球とは全く違った文化、生態系をした世界ではないかと思うのですが?」
私は、不躾だとは思いましたが、助言をいたしました。
「ふむ。生態系は構わないが、独自の文化が発達しているという事は、法律が存在すると言う事だな?」
「え、えぇ…まぁ…」
論点は違うのですが、間違ってはいません。
ここは異世界…。
ドクターは気にならないのでしょうか…。
私には、未だにドクターの思考が読めないでいます。
☆☆☆
亜空間を抜け、神殿を出ると、ドクターは神殿の片隅にある診療所らしき建物に目を止めました。
この距離なら、わざわざ次元を切り裂かなくても、歩いて出られたのでは?と思わなくもありません。
「あれは?」
「怪我人やら、病気をした人の治療をしているのではないかと…」
「ここにも医者がいると?」
「いえ、ここは神殿です。おそらく、回
復魔法で治療しているのではないかと思われます」
ここは異世界です。
この返答が妥当だと考えます。
「で?その周りにたむろしている怪我人は?」
「お金がなくて、治療がしてもらえない人が、頭を下げて治療をお願いするために並んでいるのではないかと…」
私がそう、予想を立てて助言をした瞬間、ドクターはすでに患者の元に足を運んでおりました。
「これは酷いな…なぁ、君、お金がないんだろ?」
「はい。医者にかかるには、とてもお金が必要なのです。神殿では、格安で治療していただけるので、こうして並んでおります」
ドクターは、並んでいる人々に声をかけ、1人の男性から情報収集をしているようです。
「ありがとう、情報代だ。受け取れ!」
「な、何を?」
「イノリ!仕事だ!」
「はい!」
私は助手です。
ドクターの言われるがまま仕事をするのが私の役目です。
「何をなさるのですか?」
「情報の対価として、お前を治してやる!腕の切り傷でいいか?」
「は?はぁ…」
ドクターは、患者の返答を待たずにオペに入ります。
シャキン!
シャッシャッシャッシャッシャッ!
「イノリ!消毒!」
「はい!」ペロッ
私の体液、実際はツバなのですが、あらゆる病原菌を死滅させる消毒液となります。
舐める事で滅菌できるというわけです。
ちなみに、私の血液はどんな生物にも拒絶反応が起こらない優れものだと言っておりました。
チクチクチクチク…。
「よし!オペ終了!どうだ?」
ペロッ
最後に消毒をして終わりです。
施術時間、約30秒。
男は、怪我をしていた腕を眺めながら、曲げ伸ばしをして確認をしております。
「あんたは医者かい?」
「見たらわかるだろう」
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそ情報をありがとう。次は金をとるからな…つか、怪我には気をつけろよ」
「は、はい!ありがとうございました!」
男は、顔を赤らめながら去っていきます。
私が舐めて消毒するやり方は、あまり絵面がよろしくないように思いますが、仕方がありません。
1人の患者を一瞬で治した手腕は、まさに神業でありました。
☆☆☆
ドクターは、それからしばらく、外で待っている患者を次々と治していき、情報収集に勤しんでおられました。
診療所の中には、推定20人、外には約50人。
中から完治した人が5人出てくる間に、ドクターは50人すべての治療を済ませてしまいました。
怪我人にはオペを…病人にもオペを…ドクターは、細菌、ウィルスの類も、ピンポイントで切除できるからです。
次元すら、メスで切り裂くドクターにとって、細菌、ウィルスなどの切除は造作もないのでしょう。
「俺は視力がいいんだ」
…というのがドクターの口癖です。
地球で言う『視力がいい』とは別な気がします。
手に負えない感染症の患者には、血を抜きながら患部を切除し、私が輸血を…いえ、私の血液と交換する形で治していらっしゃいました。
私の中に入った病原菌は、体内で死滅するため、効率が良いとの事です。
「流石、ドクターです」
「大した事はしていない。それよりも、いろいろと情報が集まったぞ」
「それはようございました」
その行為を見て驚いたのは、診療所の警備兵です。
「貴様!何を無断でやっている!ここは神聖なる神殿直属の診療所であるぞ!」
「見たらわかる」
「余計な真似を!」
「余計な真似?何の事か分からんな…さぁ、イノリ…街に行くぞ」
「はい、ドクター」
「待たんか!」
「待たない」
ドクターは、警備員の顔も見ず、情報で得た街を目指します。
「この件は、神官長に報告する!」
「ほっとけ!行くぞ、イノリ」
「はい、ドクター」
「ぐぬぅ…」
ドクターは女神に続き、診療所の警備兵まで黙らせてしまいました。
「あいつらバカだよな…」
「何がでしょう?」
「神殿って、神を祀って信者を集めているんだろ?」
「そうですね」
「なら、神殿を頼ってきた患者は、無償で治してやらなきゃな」
つまり、無償で治せば患者は神殿に感謝をし、多少でも金を取れば、格安な料金に感謝をする。
信仰心を集めたいなら、金を取ってはいけない…という事のようです。
「時代は変わっても、宗教がやってる事は大して変わらんな…」
ごもっともです…ん?
ドクターは、何か勘違いをしているのではないでしょうか…不安になってまいりました。
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