第9話 ドクターは地獄の常識をスルーしていました。

『ドクター!持ってきたよー!』


ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ…。


『せっかく来たんだから、しばらくここに居ていい?』

「あぁ、自由にしてていいよ」

「………」

私がドクターの奇怪な実験を見て、精神的に疲れ果てて寝入ってから数日後、、ドクターと閻魔大王との約束が、ただ今、宿屋のスィートルームにて行われていました。

魔石を持ってきたのは、予告通りに九尾のキツネ、妖狐のヨーコさんでしたっけ?

体型は、普通の狐と同じ大きさ、体毛が金色で、尾が9本ある事を除けば、ごく普通の喋る狐でございます。


流石に、実験や地獄門に吸い込まれたゴブリンを見ていた、閻魔大王とのやり取りも見ていた…とは言えず、私は黙って、その場で様子を見守る事しかできませんでした。


しかし、現場を見ていたにも関わらず、私は今、おそらくとても驚いた顔をしているのだと思います。


ゴブリンの魔石 2000個

ドクターが作った魔石 500個

合計2500個


部屋の床には、魔石が所狭しと山積みになっているのです。


ドクターの作った魔石は、紫であっても濁りはなく、ゴブリンの魔石は黒ずんだ紫なので、容易に判別はつきます。


おそらくは、この世界で出回っている魔石は、ゴブリンの魔石色が主流。

ゴブリンに限らず、『魔物』と称される生物の体内には、大小の差はあっても、濁った色の紫で間違いないでしょう。


ドクターが作った魔石は、特殊だと改めて思い知らされました。


なんせ、大気中から抽出した魔素を固めた物だからです。

いわば、純度の高い魔石…いえ、魔力石とでもいいましょうか。


ヨーコさんは、それを丁寧に袋詰めしております。


『ドクター、その人がイノリさん?私の方が可愛くない?』

え?

この狐、いきなり何を言い出すんですか?


ポン!


ヨーコさんは、私に喧嘩を売るような事を言った瞬間、狐の姿から、狐獣人の姿に変化して、袋詰めを続けています。


服装はメイド服…インストールされた情報では、地球の男性が1番好きな満点な姿です。

ちなみに、ナース服は満点だとありました。


『ニヤリ』

(!!!)

なんですか?そのニヤけ顔は!!


なんか、メチャクチャ馬鹿にされた気分になりましたよ?


私は、初めて『イラつく』という感情を覚えました。


☆☆☆


「お前、ずいぶんと俺のパートナーを挑発してくれるよな?そんな性格だったか?」

『え?いやぁ…えと…』

「俺に会いたがっていると閻魔から聞いたから、魔石運びを頼んだんだが?」

『はい!そうです!ドクターに会いたくて来ました!』

「なら、何故俺のパートナーを挑発する?あ?」

気のせいでしょうか?

ドクターが怒っているように感じます。


『それは…』

「身の程を知れ!」

『す、すみません!』

「気分が悪い!もう帰れ!」

『そ、そんなぁー!』

「罰として、ゴブリンの血液に含まれる魔素、その魔素が引き起こす性格の異変…そのレポートを提出な!」

『は、はい!』

「それから、イノリに対しての態度は、『閻魔』から直接聞くように!いいな?」

『え…ん…ま…さ…ま!!』

「いいな?」

『は、はい!』

「なら、帰れ!」

『は、はい…』シュン


スッ!

妖狐のヨーコさんは、落ち込みながら消えていきました。


「えと…」

九尾の狐と言えば、伝説級の上級妖怪。

そんな妖怪に命令をし、閻魔大王さえも使にするドクター。


謎が謎を呼び、私自身の存在意義さえよく分からなくなってまいりました。


「あぁ、すまん。気分を悪くさせたな…女妖怪は全員、元々、俺の従者だったんだ…ナンパしたんじゃないぞ?志願してきたんだ」

「へ?」

何か、言い訳してますが…まぁ、いいでしょう。


「まぁ、今、いろいろ言ってもわからないだろうから、詳しくはまたの機会にな…フッ」

「え、えと、閻魔大王様の事だけでも教えていただけますか?」

妖怪云々よりも、その頂点にいるであろう閻魔大王様の事が気になって仕方がありません。


「あぁ、閻魔な…昔、地獄に落とされた時に、いろいろあったんだよ」

「え?」

「そこには、転生もできない、あの世にも行けない『亡者』ってのがいてな?瘴気も濃かったから、ちょっとテコ入れをしたんだよ」

「は、はぁ…」

すみません。

後悔してます!

質問した事を!!


そんな私に構わず、ドクターは続けます。


「そいつらな?元々は死者だから、永遠に死なないんだよ…いわゆるアンデットだな…アンデットと違うのはの、万が一死んでも、何度でも生き返って同じ事を繰り返す」

「永遠の◯◯地獄とかの類ですか?」

「まぁ、そんな感じ…でだ!そこで、再生細胞を発見した」

ドクターが言っていた細胞ですね?


「そもそも死者が動くんだ。操られていない限り、死者は動かない、動いたとしても、動くための動力源はあるはずだと思って調べた!それしたら、なんと永遠に死滅しない、完全復活する細胞が体内にある事がわかったんだ!そこで、生きた人間にも使えそうな部分を、自分の体内で培養して増やした」

ずいぶん物騒な実験をなさってたんですね。

つか、目を爛々と輝かせて、人外の話をするのはやめて下さい!


つか、死者の体内には、生きた細胞はないと思うのですが、よく見つけましたね。


「だから、俺もイノリも、その服も、0.1秒ですべてを焼き尽くさないと、消滅しない」

「へ、へぇ…」

「細胞核が1つでも残っていれば、また再生する」

無敵ですね…。


つまり、その理論だと、体の一部、衣類の一部を保存しておけば、本体が死んでもまた、復活できてしまう…という事です。


更に、死者の細胞を培養した…というなら、私達は、正確には『死なない体に魂が入った死体』というカテゴリーに入るはずです。


ドクターは、おそらく、そこまで考えてない気がします。


「で、あちこち、罪を償うための地獄ってのが点在しててだな…見てて飽きるから、丸ごと改造した」

「………」


それ、『テコ入れ』じゃないですよね?


☆☆☆


「元々、目は良かったから、それから数年、圧縮技術を磨いて、血を固めて、亡者を固めて、とか実験してたら、瘴気…まぁ、大気中の物質だな…それも固められるようになった」

「???」

「んー!わかりやすく言うなら、大気中に浮遊する湿気を、散らばらないように切り取って集めて、周囲の重力を切り刻んで集めたら、湿気が超重力で『圧縮』されて『水』ができるって事だ…な?わかりやすいだろ?」

「は、はぁ…」


つまり、ドクターは、大気中のあらゆる物を判別し、切り取って集める事ができる。

で、重力すらも切り取って操れる。


そんな技術を『地獄』で修練してきた人…??


「地獄に落とされた…とは?」

「へ?言葉通り」

「もう少し、詳しく!!」

「前に、死体を組み立てて、人体を作った話はしたよな?」

「はい」

「自慢じゃないが、俺は、生きた他人で人体実験をした事がないんだ…死体を組み立てたのは、人体の仕組みを知るための、まぁ、お勉強だな…」

「は、はぁ…」

「霊魂の切り離し、繋ぎ合わせも自分で試したし…」

あぁ、なんか言ってましたね…。


「で、組み立てた死体に、浮遊する霊魂を繋いだら生き返ったんだよ…実験は成功したわけだ」

「は、はぁ…」

ドクターの話が、どんどんと浮世離れしていってるのは気のせいでしょうか?


「で、そこで閻魔に目をつけられた…どうやら、使った霊魂は、元々地獄行きの魂だったらしい…で、俺は生きたまま地獄へ落とされたわけだ」

「………」

「まぁ、ビックリするよな?わかるわかる」

いえ!

ビックリしてるのはじゃありませんけどね!!


「で、いろいろあって、地獄の住人の怪我や病気を治し続けて、今に至るわけだ」

ずいぶんと端折りましたね!

肝心な部分を!!


「ほら、これ!圧縮技術で作った、俺専用の1トンメス」

ドシッ!


「こっちが、10トンメス…硬い物を刻む用だな…主に」

ドスン!

「素材は、今のところタングステンを使っている…この時代に、もっと硬い金属があったら、それに変える予定なんだ…金はいくらあっても足りない」

ドスン!


10トンメス、2本あったんですね…。


「て、これが手術用…攻撃用…」

ジャラジャラジャラジャラ…。


ドクター!

メスは攻撃用の刃物じゃありませんし、だいたい、携帯用のメス、何本持っているんですか?


つか…ドクターが介入した地獄とはいったい…。


ドクターは、現在の地獄について、一言だけ言いました。


「転生待ちの死者や妖怪のリゾート地」

「そ、そうですか…」


地獄というイメージが崩れ去った瞬間でありました。

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