第2話 ドクターは女神に喧嘩を売りました。
「さぁ、さっそく眠りにつこう。ついておいで」
「かしこまりました」
ドクターは、私を連れて研究室を出ました。
扉を開けると、そこには長い一本道の廊下しかなく、壁と天井しかありません。
少し離れた場所、数mの目の前に扉があるだけです。
灯りは、天井、壁、床と、すべてが淡く光り、電灯を必要としていないのは理解ができました。
しかし、仕組みは私にはわかりません。
歩きがてら、ドクターに「眠りにつく前に、出来る限りの情報を引き出しておきなさい」と言われたため、仕組みを聞くタイミングがなかったのです。
出来る限りの情報を…と言われた事に関しても、少し自信がありません。
扉が目前に迫っていたからです。
「あの…」
ガチャッ…。
私が話しかけようとした瞬間、ドクターは私の言葉に振り向く事もなく、扉を開けてしまいました。
残念ながら、時間的に情報を引き出す事が出来なかったようです。
パートナー失格としか言いようがありません。
「申し訳ございません」
「ん?何がだい?」
「情報を引き出す時間が少なかったので…ご期待に添えず…」
「あー、気にしない気にしない。情報だとか、記憶だとかは、知らない間に刷り込まれるより、『自覚して引き出した方が混乱しない』だろ?後は、自動アップデートするから気にしないでいいよ」
「かしこまりました」
なるほど。
ドクターの言い分には一理あります。
シャキン!
頭を上げると、ドクターは何もない部屋で、黒いメスを構えています。
「メスで何をなさるのでしょうか?」
「この下に、隠し部屋があるのさ。その入り口を開く」
「な…るほど」
メスが入り口の鍵なのでしょうか?
スパン!
スパンスパンスパン!
ドクターは、部屋の真ん中に、デカい四角い穴を開けてしまわれました。
驚いたのは、それだけではありません。
開けた入り口の下には、底が見えないほどの大穴が開いていたのです。
「さぁ!いくよ!とぅ!」ピョン!
「……」
底が見えない穴へのダイブは、流石に勇気がいります。
「えいっ!」ピョン!
ヒュゥーー!
「あぁぁぁーーー!!」
私が産まれて初めて味わった恐怖は、大穴へのダイブでした。
「きゃぁぁーー!!」
私は、ドクターを追い抜き、真っ逆さまに落ちていきます。
え?ちょっと待って下さい!
何故、私がドクターを追い抜くのでしょうか??
「あ、悪い悪い!それっ!」
シャッシャッシャッ!
フワリ…。
私は何をされたのでしょう?
金切り音だけは聞こえたのですが、それにより、落ちるスピードが緩くなりました。
「早くも人間らしい感情が現れて嬉しいよ」
「ありがとうございます」
って、問題はそこじゃないんですけどね…。
スイィーーッ!
落下速度も緩まり、ドクターとの対面を果たした私は、質問を2つ、許可いただきました。
①何をして、落下速度を下げたのか。
②この穴は何でしょうか?
この答えは、あっさりと返答していただきました。
①あちこちに飛散している謎粒子を切り取って、足元に集めると、対空効果があるから。
②俺が政府に見つからないようにメスで掘って地下室を作った。
謎粒子については、ドクターもわからない粒子だから『謎』と命名しているようです。
メスで、こんな大穴を開けた事に関しては「私は外科医だよ?」で済まされてしまいました。
ドクターの謎は深まるばかりです。
そうこうしているうちに、地下深くにある『生命維持装置』なるものが見えてきました。
形状はカプセル型。
いよいよ、眠りにつく時がきたのです。
コールドスリープなのか、薬品漬けなのかはわかりません。
「いや、ただの栄養酸素吸入器だけど?酸素と栄養があれば、大抵の細胞は死なない。俺達は何年でも生き続ける」
「では、何故眠りを?」
「暇になるだろ?300年はカプセル生活をする予定だし」
「………」
300年ですか…確かに暇になるかもしれません。
ごもっともな答えであります。
そうして、我々は、各自のカプセルに入り、眠りにつく事となりました。
☆☆☆
「我は女神である!」
「俺は医者だ!」
「控えよ!」
「お前が控えろ!」
それから約10年、寝ていた私が、その声で目覚めた時には、見覚えのある地下室ではなく、謎の空間でした。
お二人のお話から、どうやら女神様とドクターが口喧嘩をしているように思います。
「お主らは死んだのじゃ!その魂を、違う世界で転生させてやるとゆうておる!」
「バカを言うな!俺達は『仮死状態』だったんだ!その証拠に、俺達には肉体があるだろう?」
「ぐぬっ…」
「つまりだ!生きてる人間を違う世界に転生なんかさせられない!やるなら『転移』だろ?違うか?まぁ、どちらも俺達には関係ないがなっ!結論!お前は女神を名乗る詐欺師だ!人の眠りを妨げやかって!10年なんかじゃ、世界の情勢も、法律も、大して変わってねーよ!タコ!どうしてくれるんだよ!カス!」
凄まじい勢いで、女神に喧嘩を売るドクター。
女神様に『タコ』『カス』は不味いのでは?と思うのですが、今の私には見守る事しかできません。
「ええぃ!神に逆らう愚か者よ!天罰を喰らうがいい!」
「上等だボケェ!」
ゴロゴロ
ビッカァァァーーー!!
雷が、何の前触れもなくドクターを狙います。
ドクターは、今度は銀色のメスを振りかざし、雷に向かって、何かをしています。
「うりゃぁぁぁーーー!!」
シャッシャッシャッシャッシャッ!
シュゥゥゥ…。
ドクターの腕は、あまりの高速運動に、残像すら視認できません。
「な、な、なんと!貴様は今、何をしたのじゃ!」
「雷を切り刻んで、静電気レベルまで小さくしてダメージが来ないようにしたんだよ!それが何だ?それぐらいわからなかったのか?お前、それでも本当に女神か?」
「き、貴様は何者じゃ!」
「ただの外科医だよ。そして、あそこにいるのが俺の愛する完成型ホムンクルスのイノリだ!文句あるか!頼まれても、お前に祈りは捧げさせないからな!!」
愛すると言っていただきました。
裸体には反応されませんでしたが、少し嬉しく思います。
「いや…魔力さえコントロールできる人間には合った事がないが、そこまで言うなら好きにするがいいさ…どうせ、この空間からは出られない…フッバッハ!」
流石の女神様も、ドクターには肩なしのようです。
言ってることは、強がりにしか聞こえませんし。
「そうでもないぞ?今まで苦労してきた、粒子分解、ナノレベルでの切除と結合、この空間に充満している謎粒子、もとい、魔力粒子を使えば、大抵のことはできる。地球には、魔力粒子は少なかったからな…謎粒子が魔力粒子だとわかっただけでも収穫だったわ!サンキューな選定神!」
「な!何故私の名前を…お前らは何者だ!!」
女神様…私は関係ありませんよ?
「ふん!誰が言うかよ!イノリ!あの詐欺師のおかげで、眠っていた年数が少なすぎるから現代社会には戻れない!どこか、俺達が行って、命を狙われたり、指名手配されるような事のない時代に行こう!いいか?」
「あ、はい!あの…めが…」
私は、女神様を一瞥すると、シッシッと犬でも追っ払うような仕草でそっぽを向いています。
どうやら、ドクターの謎すぎる言動に匙をなげたようです。
「ドクター、それで、ここから、どうやって抜け出すのですか?」
「簡単さ…ここが魔力粒子で満たされている空間ならな…地球にあった数少ない粒子を切って集めるより容易い」
スパーン!
ドクターは、この亜空間っほい空間にメスで切り目を開け、難なく脱出に成功してしまいました。
後ろを振り返ると、女神様は泡を吹いて気絶しております。
気の毒には思いますが、私はドクターの助手兼従者。
ドクターについていくほかありません。
選定神様、強く生きて下さい。
私には、そう願うより他にできる事はありませんでした。
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