第3話 目指した理由
『えっ環、魔術学校って女子校だろ!? いいなあー』
ふと、中学の時の友人の言葉が頭をよぎった。
でも俺は、別に女の子に囲まれて暮らすことを夢見てここに来たわけじゃない。学生ではないにしろ、この学校にも男の人がいたことに安心するくらいなのだから。
そんなことを思いながら、先ほど入学式の会場に向かう母親とは別れ、校舎に入った。中学の時と同じように上履きに履き替え、案内の張り紙を見ながら一年四組の教室に入った。
一階の一番端にあった教室は、これまた中学の時の教室と広さやつくりは変わりなかった。前方と後方に黒板があり、机と椅子が二十組等間隔で並ぶ。机の上に名前が貼ってあったので、確認して着席した。
全国から入学生が集まっているので、ほとんどの人間は初対面のはずなのに、すでにグループを作っている子もいた。隣同士の席で何やら盛り上がっている子も。
俺と同じようにひとりで身を固くしていそうな子もいるが、楽しそうな話し声で教室はすでに騒がしく、まだ男が紛れ込んでいることには誰も気づいていないようだ。
『男子がひとりなら、モテまくりかも!? 天国じゃん』
ここでまた別の友人の声がよぎった。しかしこの教室は、天国どころか石ころだらけの地べたにそのまま正座をさせられているかのような居心地だった。これもわかっていた、覚悟していた……つもりだった。
俺を包み込んでいたのは猛烈な疎外感。そして、ひとつ間違えれば、全員から敵視される可能性すらあるという緊張感。
そう、その『覚悟』がいかに薄っぺらいものだったのかと思い知らされているというわけだ。
とはいえずっとこのまま隠れ潜むわけにはいかない。女子に紛れるにはあまりにも伸びすぎた身長を呪いながら体を出来るだけ小さくし、最初の一手をどう打つか考える。
とりあえず、誰かに何かを聞かれるまでは黙っていることを選択した。俯いたままで腕時計を確認すると、教室に入ってからまだ三分と立っていない。
たったそれだけですでに根を上げそうになっているのだから情けない。このまま五年間やっていけるのかという不安に押しつぶされ、逃げ出したくなった時だった。
「初めまして」
俺は、声の主のことを可愛いと思った。人の良さそうな栗色の丸い瞳。顎の下のラインで切りそろえられた髪に、なんとなく活発な印象を受ける。
「なんかもうみんな仲良しさんって感じで、なんか入りづらいよね」
想像していたのとは少し違うゆったりとした口調で言うと、彼女は俺の隣の席に着いた。
声を出すのが怖かったので少しだけ背筋を伸ばし頷くと、彼女は身体をこちらに向け、じっとこちらを観察している。
こんなふうに女の子にまじまじと見つめられるのは生まれて初めてで、恥ずかしくて穴が空いてしまいそうだ。
「あ、あれ? もしかして君って」
彼女は突如少し早口になった。
どうやら、気づかれてしまったようだ。
怖くても、いずれきちんと明かさなければならないと勇気を振り絞る。脳内に浮かんだいくつかの選択肢の中から『あっけらかんとした感じ』を選択した。
「えっと。実は俺、男……なんだ。なのにどういうわけか魔力持って生まれてきて。じゃあ魔術師なろうかなってここに」
相手を怖がらせないように、つとめて柔らかく言ったつもりだった。それでも女の子とは明らかに違う高さの声は、電光のように教室の隅々まで通ったらしい。あたりがいっぺんに静まりかえった。
栗目の彼女はといえば瞬きもせずわなわなと震えていた。周りを確認すれば、奇妙なものを見る視線が俺を刺していることは明らかだった。
「どうしてここに男子がいるの!?」
とうとう叫び声まで上がった。やっぱりここに来たのは、間違いだったのかもしれない。後悔が、心を支配し始めていた。
◆
「どうして魔術師を志望されましたか」
今年一月に行われた、魔術学校統一入試。面接試験の際にこう質問をされた。
俺は受験者の混乱を避けるため、会場の裏から入り別室で受験していた。面接も本来は四人ひと組で行うらしいが、俺は一人で三人の面接官と向き合っていた。
こんな身体で産まれてきたので、昔から知らない大人に囲まれることには慣れっこだったが、この時ばかりは勝手が違った。俺は自ら望んでここに来て、これで自分の将来が決まるのだから。
緊張で吐き気すら催していたがぐっと堪えた。
――大丈夫。何度も練習したじゃないか。
背筋を正し、学校で先生相手に練習した通りに懸命に思いの丈をぶつけた。
中二の夏。実家の近くを襲った土砂災害の際、魔術……探査術があったことで被害に遭った人たちが迅速に救助され、一人の死者も出さなかった。
その時、埋まってしまった数十人全員を、たったひとりで見つけ出したのが魔術師である母親だ。
止む気配のない大雨の中、真夜中に一人で家を出て行った母親。もちろん家から出るなと言われたが、いても立ってもいられなくなって自転車で後を追った。
川沿いの道を雨に打たれながら走っていると、救急車に追い抜かれた。次にやってきたパトカーに見つかって、危ないのですぐに家に帰るように言われた。
それもそうかと引き返そうとしたその時、川向こうに光が瞬いた。母親の魔力光だとすぐにわかった。
俺にはそれがまるで未来への道標のように思えた。
翌朝、泥だらけになって帰ってきた母親を、初めて一人で作った味噌汁で迎えた。情けないことに、ただただ不安で落ち着いて待っていることもできず、朝まで台所で過ごしていたのだ。
今思えばどう考えても失敗作だったそれを「すごくおいしい」と言って飲み干した母親は、風呂から上がるとそのまま居間のソファーで眠ってしまった。
後で聞かされた話では、人命救助を終えた後も、二次災害を防ぐために限界ギリギリまで力を振り絞っていたらしい。夜が明けるころ、街の方から応援が到着したのでようやく帰宅できたのだと言う。
母親の寝顔を見たとき、心が動いたのがわかった。
俺はそれまで、自分に魔術の素質があることを周りに隠したまま生きていた。魔術界とやらの偉い人たちも、世の中の混乱を招くかもしれないと言ってこの事実を伏せていた。
力を使わないまま成人を迎えると、魔力はしだいに消えてしまうものらしい。これからも普通に生きるため力は封印してしまおうかと思っていた。注目もされたくなかったし、別にそれでいいと思っていた。
でも、本当にそれでいいのだろうかと考えるようになった。自分にも力があるのならば、人の役に立てたい。そのために、魔術を学びたいと思うようになった。
――と言った話をした。緊張していたせいで練習通りとはいかなかったが、面接官はそろって頷くと、もうひとつ質問をしてきた。
それは予想できなかった質問だった。
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