第39話 追及されて、
さて、入学六日目、月曜日の放課後。
特別棟にある第三指導室に呼び出された俺を待ち構えていたのはクラス担任の浅野先生、それから紺野先生と学年主任の一ノ瀬先生。雪寮担当の銀川先生。そして昨日出会った、佐々木先生……その他を合わせて、ぱっと見て十数人ほど。
真ん中にどんと置かれた大きな机が、それほど広くない部屋には少々ミスマッチという感じだった。椅子がその机に詰め気味に並べられ、奥の窓際にも四脚ほど。すでにその全てが埋まっていて、最後に部屋に入った俺も空いている席に着席させられた。
その瞬間、全員の視線が俺に向く。その光景に自分のやらかしたことの大きさを思い知り、覚悟を決め口を引き結んだ。
◆
一昨日、土曜の夜に話を戻す。俺は本城さんの救出を見届けることなく男子寮に連れ帰られた。紺野先生は険しい顔のまま、『消灯までは時間があるけど、今日はもう休むように』と言った。そして、俺が着替えて布団に入るのを確認してからまたどこかに出かけて行った。
本城さんのことは気になるし、紺野先生には嘘をついてしまったので、しばらくは身体がモゾモゾとしておさまらなかった。しかし、また
目が覚めて、日曜日。俺がいつも通りの時間に起きると、なんと先生は俺より先に起きていた。その上、すでにびしっと整った姿をしていて、腕を組みじっとダイニングの椅子に座っていた。
『起こさなくても起きられるんだ』というなんとも微妙な驚きで言葉を失った俺に、先生はこう言った。
「君の処分は追って伝える。自由に過ごしてもらって構わないけど、校外には出ないように」
そう言う約束なので食堂には一緒に行ったが、今までみたいににこにこと話しかけてくれることもなく、二人向かい合って、黙って和風の朝食を食べた。
今日は溜まった仕事と勉強をするからと、部屋を仕切るふすまは一日閉じられたままだった。俺は勉強をして、あとはスマホのアプリを探してみたり、土曜に買ってきた本を読んで過ごしたりしていた。昼夜の食事も、もちろん先生と一緒だったが、やはり今までのように雑談することはなく、黙々と食べることになった。
もう本当に、調子が狂って、気まずくて、たまらなかった。『信じている』と言われたのに、言いつけを破ったのだから仕方のないことだとは承知している。
親しげなお兄さんから一転、厳格な先生に変わってしまったことに大いに困惑した。とはいえ、寮監たる先生との同居というのは、本来こういうものなのかもしれない。なんだか安らぐ場を失った気がして、急に心細くなってきた。
月曜日の朝。この日は俺とほぼ同時に紺野先生は起きた。調子は昨日と同じ。俺はなんとか登校して、席についた。笑顔の森戸さんに、朝の挨拶をされたので返す。
「街はどうだったかしら? いろいろ見て回ったの?」
「ああ、なんか人がいっぱいで疲れたから、必要なものだけ手に入れてすぐ帰ってきたんだ」
「そうなのね。なんだか元気がないように見えるけれど、まだ疲れが残ってるんじゃないの?」
的を射た発言にぎくっとした。彼女の言うことは確かで、昨日は夜中に何度も目が覚めて、しっかり眠れていなかった。しかし、あまり心配をかけたくはないと思い。
「ああ、そ、そうかな? 元気だよ?」
「うーん、そういえば、珠希さんも今日は体調が悪いからお休みなんですって。朝ごはんも食べに出られないほどらしくて。心配だわ」
それを聞いてもう一度肩が揺れてしまう。足の調子が悪いのか、はたまた俺のせいなのか……後者の可能性が高いと思い、頭を抱えた。
「えっ、ちょっと、香坂くん、大丈夫?」
「いや……大丈夫。ありがとう」
俺がそう返すと、彼女はうーん、と言いながら自席に戻った。正直なところ、全く大丈夫ではないが、そう答えるしかなかった。森戸さんには、一昨日のことはなんとなく話せない。
「皆のもの、おはよう!」
始業ギリギリの時間に、透子が教室に飛び込んでくる。挨拶を返すと同時に担任が入ってきて、そのまますぐ朝のホームルームが始まった。一、二時間目の授業は隣の空席のことが気になって、あまり身が入らなかった。
三、四時間目は特別棟の教室に移動して、初めて魔術の授業を受けた。窓際、最後列の席に座ることになった俺は、先生の指示通りに窓に暗幕を引く。
明かりが消され、先生の魔術の実演が始まった…………披露されたのは、奇しくも、俺が一昨日やらかした魔術にそっくりな、暗いところに明かりを発生させる魔術だった。
ポコ、ポコとテニスボールほどの大きさの明かりが教室のあちこちに現れたり消えたり。その度に学生たちから歓声が上がるが、俺は黙って見るほかなかった。
その後、これから俺たちが四月いっぱい使って取り組む、初歩的な魔術の説明が始まった。『あなたたちはまだ授業以外で魔術を使ってはいけませんよ』と言い、担当の先生がこちらをチラリと見た……ような気がした。
気のせいだと思いたかった。しかし、よくよく考えれば俺は既に三回もやらかしている。その情報が先生たちに共有されていても全くおかしくはない。ジリジリと袋小路に追い詰められている気分がして、筆記具を持つ手に力が入らなかった。
途中で呼び出しを受けるかもしれないからと、誘ってくれた森戸さんに断って今日の昼食は一人で食べた。やっぱり何だか味がしない気がして、ため息をついた。
しかし昼休みには特に何も起こらず、五、六時間目もなんだか生きた心地がしないまま、最後まで授業を受けた。
放課後。いつ処分を伝えられるのだろうと、帰る支度をしながらビクビクしていた。すると、担任にここに呼び出された。というわけだ。
◆
そして俺は叱られた。浅野先生と一ノ瀬先生にめちゃくちゃ叱られた。申し開きの暇など一切与えられなかった。叱られる事自体は覚悟していたつもりだったし、叱ってきたのは二人だけで、後はオーディエンスだったんだが。
紺野先生を見やれば難しい顔をして腕を組んでいる。その姿にハッとした。俺が抜け出したことで紺野先生も責任を問われたのかも……そこまでは気が回らず、軽率だったとうなだれた。
さて、門限を過ぎた時間に無断で寮を抜け出し、学外に出てしまったこと。そして、あの『蛍』の件。
そもそも、魔術学校の学生が、特定区域に指定されている魔術学校の敷地以外の場所で魔術を使うことは、校則どころか法律で禁止されているらしい。よって、昨日のアレは下手したら取締りの対象になり、万が一それで魔術師には不適格と判断されてしまえば、学校は一発退学の大大大失態だと。
四年進級時に、准魔術師の資格を与えられて初めて、学校外での魔術の使用が許可される。それも監督責任者の元で、あらかじめ場所と時間を申請してから。もしくは要請を受け、魔術師の補助として。こんな感じできっちり制限が付いていると、一ノ瀬先生は言う。
……ああ、俺がやったことはだいぶまずかった。ということだけはよくわかった。
「ところで、香坂くん。本城さんをどうやって見つけたのかしら? 寮を抜け出した時間から考えて、あなたは迷わず彼女のいる方に向かっているわよね?」
銀川先生に問われる。この人だけは唯一優しい顔をしていたが、俺は背中に冷や汗をかいた。最も痛いところを突かれてしまったからだ。
確かに、学校からほど近い藪に隠れているなんて普通は考えないだろう。なんせ、本城さんは携帯を持っていなかったし、ちゃんとした探査もできなかった。彼女の居場所にはなんの手掛かりもなかったのに、俺はものの数十分、寮を飛び出してからなら十五分ほどで彼女を探し当てているわけで。
「言い直すわ。どうしてあの藪の中に、彼女がいると思ったのかしら?」
改めて問われ、息を呑んだ。受け取ったばかりのコンパスと地図を使って、探査のようなものができてしまいました! 正直に打ち明けるのはあまりに危険すぎる。間違いなくスリーアウト、チェンジだ。
また魔術を編んだことがバレたらまずい。ここはなんとかごまかさなければ。必死で無い知恵を絞った。
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