第40話 さらに追及されて、

「いや、俺は、わ、悪い知恵が働くので、先生たちに見つからないようにって思って。あ、あと俺、ど田舎育ちだから山とか森とか慣れてて。野生の勘と言うか? そういう類の?」


 少々オーバーな身振りを交えて語った俺を、二重数個の瞳がジロリと刺す。さすがに苦しかったか? と目を逸らすと、紺野先生が口を開いた。


「ところで、正門をどうやって突破したんだい? あそこには警備員と寮生役員が張っていたし、もちろん裏門にもだ。見つからずに外に出るなんて、まさか君、空を飛んでないよね?」


 先生はそのまま睨むような目線をよこす。やっぱりそこも突っ込まれるのか。確かに塀は簡単に越えられる高さではないかもしれないが、まさか魔術を使って飛んだと思われていたとは。


「きっ、木登りです! 正門のずーっと左手の方に、ドーンと高い木があるじゃないですか。それに、こう、チャチャッと登って、ピョーンって塀に飛び移って、それで」


 必死すぎて、さらに身振りが大きくなった上に説明に多めの擬音が混じった。嘘くさくなったな……でも、本当のことだ。何度もしつこいが、俺はそう言うことは得意なのだ。


 それを聞いてなお、ジトっと細められた夕焼け色の目は、俺が魔術を使って飛んだことを疑っているのは明らか。俺は先生から何度も『不完全な魔術を使うな』と言われている。木登りは本当の話だが、背中に冷たいものが走った。


「……木登り? あんな高い木に? 本当に? 君、意外とヤンチャなんだねえ……登れるとは思わないけど。それに塀に飛び移ったって、君は魔術師じゃなくて忍者を目指しているのかな」


 やっぱり疑ってるのか。でも、魔術で空を飛ぶよりは、木登りのほうがはるかに現実的じゃないか。それに女の人ならどうかと思うが、木登りは男子のたしなみではと思ったが……やっぱりそんなのは田舎だけの話か?


「紺野先生、さすがに反応を出さずに飛行術を使うのは不可能ですね。塀を越える高さを出したら間違いなく監視センサーが拾います。そう言った記録ログは残っていませんよ」


「……まあ、そうですよね」


 一ノ瀬先生の発言で溜飲を下げた様子の紺野先生は、ため息をつき、組んでいた腕を下ろす。なんとか切り抜けられたようだ。


 しかし、ホッとしたのも束の間。追及はまだ終わらなかった。ガチャっと椅子を引く音がしたので、俺はそちらにゆっくり視線を向けた。


「香坂環、君は誰に魔術を教えてもらったのか?」


 この凛と通る声は、忘れもしない……佐々木先生のものだ。学生を呼ぶときはフルネームで呼ぶのが、この人の癖なのだろう。中学にもそう言う先生が一人いたなあと、どうでもいいことを思い出してしまう。


「まさか、お母さんに教えてもらったのかっ!?」


 佐々木先生がそう言いながら、こちらにツカツカツカと歩いてくる。耳元で揺れる大きなイヤリングに、猫じゃらしを見た猫のように目を奪われてしまう。


「あのー、すみません。例えば入学前に誰かに教えてもらって、既に魔術を使えるようになってるって、そんなにまずいことなんですか?」


 目の前にドンっと手を置かれたのに肩をすくめながら、おそるおそる聞いた。


 確かに魔術書の類は、悪用を防ぐため一般には入手できないとは言う。しかし、魔術師の素質は遺伝どうこうというのだから、魔術師の子供は魔術師ってケースが多いってことであって。


 なら、ちょっとした魔術をうちの人に教えてもらったって人はたぶんいるだろ、と思ったのだが。


「まずいに決まってるだろう!! なんのための魔術学校だと思っている!!」


 まるで、演劇部か応援団が発声練習をしているのかのような声量だった。俺は吹っ飛びそうになったし、ガラスが割れてないのが不思議なくらいだ。もはや額に青筋が立っている佐々木先生はさらに続ける。


 魔術学校に入学していないものに魔術を教えることは法律で禁止されており、魔術を学びたければ適性を見極めるための試験を受けて魔術学校に入らなければならない。


 たとえ相手が我が子だとしても、魔術を教えるということは、読み書きを教えるのとは訳が違う、と。


 魔術はその使い方を誤れば、取り返しのつかない大惨事を引き起こす可能性がある。とにかく適正に使用されなければならないため、魔術の使用者や指導者、魔術書の類も国にしっかりと管理されている。


 また、魔術師を目指し魔術を学んでいる魔術学校生も、全員が国に管理されている立場。たとえなんらかの事情で退学したとしても、その情報はでしっかり管理される。何らかの理由で魔力を失ったとしても、かつて魔術を学んでいたと言う事実は、生涯消されることはないのだそうだ。


 しかし、そう言われてみれば生まれてこの方、母親から魔術を教わったなど一度もない。小さい頃には教えてと頼んだこともあったように思うが断られていたし、母親の部屋にある魔術書を触ってはいけないとも言われていた。


「は、母親じゃないです。母親からは何も教わってません」


「なら、誰だ? 香坂環。入学したての一年生が、魔術を使うなんてこと、普通はできないんだぞ?」


 正直、もう耳が限界だった。声は少し小さくなっていたが、そういう魔術でも使ったかと思うほど、頭の中で佐々木先生の声が反響し続ける。これはしばらく消えないかもしれない。


 それを聞かれるのはこの流れなら当然。でも、わからないのだ……必死で記憶を辿るも、それらしきものは何も浮かばない。


 いや、実は雪寮のときも、体育の授業の時も、一昨日も、魔術を使う前に何かを見た気がする……いや、気がするだけ、と言った程度だ。内容なんか何も覚えていない。


「えっと、なんとなく、できちゃった。みたいな」


 これでこの場を逃れられる気もしないが、こう言うしかなかった。思った通り佐々木先生には鋭い目で睨みつけられ、まさにヘビに睨まれたカエルみたいになる。はあ、ここに入るのにあんなにも苦労したのに、たった六日で退学処分か。奥歯を噛み締めたまま唾を飲んだ。


「ああ!! 君は本当に香坂蕗会こうさかふきえにそっくりだな!! この件はもういい!!」


 突然、佐々木先生から母親の名前が飛び出してきたことに、俺は場の空気も読まずにポカンとした顔をしていたと思う。


 思わずあたりを見回す。なぜか数人の先生が明らかに苦笑いをしていたり、笑いを噛み殺したような顔をしている。一方の佐々木先生は赤い顔になって何かをぶつぶつ言いながら、再び自席につき頭を抱えた。


 なんだか、完全に置いてけぼりになった気がした。それにまた『そっくり』と言われた。前に母親の一年後輩だという銀川先生にも同じことを言われた。佐々木先生がいくつなのかは知らないが、先生も母親のことをよく知っているのかもしれない。


 ……うーん。もしかして母親はすごく有名だったとか? 確かに母親は腕がいいとは聞いている。しかし俺の前では、ちょっと抜けたところもある普通の母親だった。でも、あの笑顔の裏側に息子の俺ですら知らない顔がある。女性というものはやはり不思議だと改めて思った。


「では、香坂くんへの処分ですが」


 一ノ瀬先生の声が静かに渡る。処分。俺は校則どころか法律違反までやらかしている。もしかして、通報されてしまうのだろうか? 前に自転車で逃げた時に、役所から来た黒服の魔術師さんと、ついでに警察の人にもしこたま叱られた記憶がよみがえった。


 あれもこれもなかなか出来ることのない体験かもしれないが、こんなものがいい思い出な訳がない。気の重さに引きずられるように、顔が勝手に下を向いていく。


「魔術の許可外使用に関しては、佐々木先生の勘違いだったということで。あとは……」


 意外な一言に重りが取れて顔を上がる。佐々木先生は薄く笑っていて、そのまま颯爽と退室してしまった。


 今回は、門限を過ぎた後に寮を抜け出したことに対する厳重注意、罰は反省文の提出だけと言われ、停学だの退学だのという大変な処分は受けずに済んだ。それに本城さんを早い段階で保護できたからと、反省文の提出は免除してもらえることになった。


 ……要するに目立ったお咎めはなしということ。どうやら命拾いをしたようだ。全身の力が抜け、椅子から転がりそうになるくらい安心した。

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