第10話 ルームメイト
「んー。この唐揚げ、すごくおいしいなあ」
「そ、そうなんですね。じゃあ、俺も」
唐揚げを飲み込んだらしい紺野先生は、夕焼けみたいな色の目をキラキラの輝かせている。俺も同じように唐揚げを口に入れ、もぐもぐと噛みながら考えた。
男性でも魔術の先生にはなれるというのは初耳だった。だいいち、そのための学校はどうしたのだろう。外国には男性を受け入れてくれる魔術の学校があるのだろうか?
「そうだ。男の先生って、海外にはいるものなんですね」
「いるよ。魔術の歴史だとか、理論だとか、その辺りのことを教えたり研究している男性は僕を含めちらほらとね。この国にはそのための学校もないし、厳しいことを言う人も多くてなかなか叶わないけれど。僕はまあ、運が良かったんだ」
苦笑いを浮かべ肩をすくめた紺野先生を、尊敬と感謝を思いっきり込めて見つめた。
きっと俺がここに受け入れてもらえたのは、先生の存在もあってのことかもしれないのだから。目の前で大きなエビフライを頬張ってニコニコしている人は俺の大先輩、かつ大恩人ということになる。
「あの」
「まあ、僕みたいな紛い物じゃなくて、本物の男性魔術師の誕生をこの目で拝めるかもしれないなんてね。僕は先生だけど、歳もそんなに離れてないから、君と友人になれたらいいなって」
「あ、ありがとうございます」
なんとも畏れ多い話。友好的な姿勢でいてくれることは嬉しかった。箸を置いて頭を下げると、それに応えるように先生は目尻を下げ微笑んでいる。
男性なのにこの世界にいるということは、きっと尋常じゃなく心の強い人でもあるのだろう。柔らかな表情を見ていると、不安はしだいに心強さに変わってくる。ようやく先生に笑顔を向けることができた。
「ふふ。そうだ、このエビフライすごく美味しかったよ。大きさといい、感動ものだね」
「あっ、えっと」
「ん? 香坂くん、もしかしたらエビフライ嫌いなのかな? だったら僕が」
残しておいたエビフライに向かって先生の箸が伸びてきたので、あわてて左手で遮った。
「ああっ、嫌です。あげません。俺は好物は最後まで取っておくタイプなんです」
「あはは、なるほどね。僕もエビフライ大好きなんだよ。気が合うかもしれないね、僕ら」
先生が箸を素早く引っ込めて、いたずらっぽく笑った。
もしかして、ずっと俺を見てニコニコしていたのは、エビフライを狙っていたからなのか? 先生の弁当箱にはエビフライは尻尾すらも残っていない。
……そんな、大人なのに、まさかな。
「先生は、エビフライの尻尾を食べるタイプなんですね」
「だって、カリカリして美味しいじゃないか」
「……俺もそう思います」
「やっぱり僕らは気が合うようだね」
先生が笑い、俺もつられて笑った。
よかった、の一言に尽きた。この先生なら大丈夫かもしれないと思えたからだ。これからの長い付き合い、毎日どんな話をすることになるのだろう。
これからの日々が少しだけ楽しみになった。
◆
「ごちそうさまでした」
俺は、食べ終わった弁当箱をゴミ袋にまとめて立ち上がった。部屋に移動すると、夕食までに荷解きを終わらせるためにキャリーバッグを開く。
「手伝おうか?」
「いや、大丈夫ですよ」
紺野先生は相変わらずの笑顔だが、自分が受ける教科の担当ではないとはいえ、一応学校の先生だ。答えに迷っているとさらに畳みかけられる。
「あれ全部にクラスと名前を書かないといけないだろう? 女子寮でも上級生が新入生のサポートにつくんだから、気を遣わないで」
先生が指さしたのは、机上にある大量の教科書やノートの山。確かにこれは骨かもしれないので、お言葉に甘えることにしたが。
「これは君の趣味? ああ、お母様が。そうか、君のことを大切に思ってるんだね」
「君、私服のセンス独特だね。いや、貶してるわけじゃないよ。ファッションは自由だ。それに君くらいの歳なら、何を着ても似合うものだよ」
「いいねえ、若いって。やはりこういうものをしたためてしまうものだよね。懐かしいな。いや、ごめん、見るつもりはなかったんだ。ちょっと手が滑って」
遠慮しておけば良かった!!
……とまあ若干の後悔はしたが、おかげさまで荷解きは思っていたより早く終わり、教科書やノートへの記名も陽が傾く前に終えることができた。
余った時間で今後のゴミ捨てや掃除の分担について決まったところで、時刻は午後六時四十分。窓の外はすでに薄暗くなっていた。
「さて、少し早いけどそろそろ夕食に行くとしようか。向こうで説明しないといけないこともあるからね。昼に机の上に置いていたカードと、スリッパを持ってきてね」
先生に促され、寮生カードをポケットに、スリッパは荷物の中から掘りおこしていたものを持ち、二人で外に出た。
すっかり暗くなった空に星がいくつか見え、細くなりかけた月も上ろうとしていた。都会の空に星など見えないだろうと思っていたが、ここは中心地から離れていることもあり、明るい星ならちゃんと見ることができるようだ。春の夜風が少しだけ身に染みて、上に羽織ったパーカーの前を閉じる。
道を挟んで向かい側、学生寮までは歩いて一分もかからない。目の前にあるのはまるでレンガ造りの洋館のような建物だ。
「どうしたんだい?」
「なんか、寮というより、古いホテルみたいというか」
「うんうん。結構しゃれてるよね。確か、中もなかなか素敵だよ」
ぽかんと建物を見上げる俺の横で、先生が玄関のドアにカードをかざして開く。ドアは古めかしいが、付いている鍵は最新式のもののようだ。中にはまるで学校の昇降口のように下駄箱が並んでおり、下駄箱の一番隅に自分の名前が入っている箱があるのを見つける。そこでスタッフの人に先生が頭を下げたので、慌ててならう。
「どうもこんばんは。あ、香坂くん。脱いだ靴をそこに入れて、スリッパに履き替えてね」
「あ、はい」
紺野先生が指さした先には『土足厳禁』と書かれた貼り紙が。急いで履き物を変え、中に足を踏み入れた。
目の前の光景に、思わず息が漏れる。
そこは学校の寮と聞いてイメージしていた場所とはまるで違い、まるでクラシックスタイルのホテルとでもいおうか。木の温もりを感じる内装で、足元は深緑の絨毯敷きの床。天井からぶら下がる照明も、おそらく花を模したとても凝ったデザインのものだ。
そのまま見上げると、雪の結晶の模様のステンドグラスがはまった小窓がある。おそらく寮の名前に因んでいるのだろう。今は夜なので地味な見た目だが、外から日が差せばきっと華麗だ。天井の装飾も凝っている。上を向いたまましばし固まってしまった。
「はは、香坂くん。色々と物珍しいのはわかるけど、ちゃんとついてきて」
「あ! すみません!」
しまった、これじゃただのお上りさんだ。頭を下げながら、慌てて先生の後を追った。
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