第23話 昼食をご一緒に

 入学三日目、金曜日の昼休み。ちなみに今日から通常の授業が始まった。


 まずは一般科目から。魔術の授業に関しては来週から開始される。四月のうちはまだ時間数も少ない上に実習がないので、まだ普通の高校と大差はなさそうだ。


 朝から世界史、数学、現代文、情報と四科目をこなしたが、高校の勉強の内容の濃さに驚いた。課題も最初からしっかりと出され、ちょっとげんなりした。


 それだけではなく、予習復習もきちんとするよう言われ、さっそく難関校の片鱗を見た気がする。しっかりやらないと置いていかれるよな……と思いながら、目の前にある自販機に硬貨を入れる。少し迷ってから目当てのボタンを押し、転がり落ちてきた紙パックを取り出して、待ち合わせ場所に向かって歩き出した。


 明日は街に出かけるつもりだったので、できれば今日中に全て終わらせたいと思っていた。昼休みに昼食をさっさと終わらせ、余った時間で取り掛かろうとしていたのだが。


 たどり着いたところは教室棟と特別棟の間にある中庭の入り口。いくつかあるテーブルはすべて学生で埋まっていて、そこそこの賑わいを見せている。ここで待ち合わせている二人組を探し、奥へと進む。


「あ、香坂くん。こっちこっち」


「ああ、お待たせ!」


 本城さん、森戸さんがいるテーブルについた。俺はなんと、昼食を一緒にどうかと声をかけられたのだ。誘われるわけがないと思っていたので驚いたが、特に断る理由もなかった。


 ちなみに透子も一緒にと思ったらしいが、あいつは先ほどから行方不明。本城さんがあちこち探したらしいが、見つからなかったらしい。なんとなく予想はしていたが、あいつの生態は謎に包まれている。


 二人の向かいに座り、買ってきたものを袋から取り出す。テーブルには各々が売店で買ってきた昼食が並べられている。パンやサンドイッチ、おにぎり、サラダなど三者三様だ。そういえば、学校の中に売店があるのがすごいなと思ったし、その品揃えにも驚いた。


 それに、目の前に女の子が二人並んでいる……緊張するし、周りの視線も気になってきて、肩をすくめる。


「はあ、なんだかすごく疲れちゃった」


 森戸さんがまるで溶け落ちるかのようにテーブルに突っ伏すと、本城さんがその背中に励ましの言葉をかけた。


「淑乃ちゃん、倒れるのはまだ早いよ。明日は休みだし、頑張ろ」


「わかってるけど……来月の連休が待ち遠しいわ」


「まあ、気持ちはわかるけどな……」


 しかし……女の子と共に昼食を食べる。声をかけられた時は無邪気に喜んでしまったが、それも一瞬。緊張もピークに達してしまった今は、好物のはずの焼きそばパンの味がよくわからなくなっている。


 昨日、俺は物知らずのせいで大恥をかいているので、またやらかしてしまうかもしれないというプレッシャーもある。とりあえず自分から話を切り出すことはせず、相手の話に乗るスタイルを選択した。


 話題は、来月の頭にある連休について。


「珠希さんと香坂くんは、連休は帰省するの?」


「俺は帰らないよ。移動に時間がかかるから、五連休だと向こうで過ごせるの二日くらいなんだよな。旅費がもったいないから、次は夏休みかな。森戸さんは?」


「私はね、電車で一時間くらいだけど……満員電車に乗りたくなくて入寮したのよね。放課後から帰って、連休いっぱい実家でだらだらしてくるつもり」


 実家でだらだら……森戸さんのイメージが話を聞くたびにどんどん変わる。美人ですらっとスタイルが良く、細身のスラックスがよく似合う彼女は、常に背筋を伸ばして隙なく生きていそうに見えるのに。


「そういえば、昨日から気になってたんだけど、香坂くんの地元ってどんなところ?」


 本城さんにそう言われ、森戸さんも頷いた。ついこの間まで自分が住んでいた場所を頭の中に思い浮かべた。


 まず山と川。その隙間に田んぼ。日に数本しか発着しないバス乗り場。役場、小さな商店街に個人経営のスーパーと商店、飲食店がほんの少し。小さな図書館、小中学校。そんなところだ。これと言って観光スポットがあるわけでもない。ああ、そういえば蛍はいる。たくさん。


「うーん、なんもない。人もそんないない。行ったら二人ともびっくりすると思う。でも蛍が多くて、わざわざ他所からも人が見に来たりするくらい?」


 蛍と言った瞬間、二人が同時にその目を見開いた。やっぱり女の子相手に虫の話題はまずかったのだろうか。失敗したかもしれない。焦りから口の中が妙に乾いてきたので、先ほど自販機で買ったフルーツ牛乳を飲んだが、あまり意味をなさない。どうしよう。


「蛍? すごい! 珍しいね」


 本城さんが声を上げると、森戸さんも横で何度もうなずく。どうやら間違ったわけではなかったらしい。安心して話を続けることにした。


「え、ああ、そこらへんにいるよ。だから俺はあんまり珍しいと思わない。でも綺麗だとは思う」


「本物の蛍って見たことないわ! きっとロマンチックなんでしょうね」


「私も見たことない! 一度でいいから見てみたいな」


 ん? まさかここまで食いつかれるとは思わなかった。確かに光りはするけどただの虫なのだが、二人とも目を輝かせている。やはり女の子は光るものを好むのだろうか。綺麗な光景ではあるので、地元まで色々と乗り物を乗り継いで片道半日かかるのでなければ、二人をぜひ招待してみたい。


 いや、探せば近場にも蛍が見られるところくらいはありそうな気がする。せっかくスマホもゲットしたことだし、後で調べてみよう。俺は焼きそばパンを食べ終え、サンドイッチの包装を剥き始めた。


「週末はふたりともどうするの?」


「俺は明日、駅前に買い物に出ようかなと思ってる。いろいろ欲しいものがあって」


「私はね、今夜から実家に帰るの。両親にいろいろ話したいことがあるし、先生から手紙を渡すようにも言われてるし」


 森戸さんみたいに比較的実家が近いとその気になれば週末ごとに帰れるわけだ……羨ましい話だ。それと俺は生活に足りないものを買い足しに駅前に。本城さんは……どうするのだろう。


「へえ、そうなんだ。二人も気をつけて行ってきてね」


 尋ねてもいいものかと迷っている間に、森戸さんがこちらに身を乗り出してくる。


「駅前ねえ。あそこはそんなに大きな駅ではないけど、香坂くんひとりでちゃんと歩ける? 大丈夫?」


 眉をひそめたその表情は、何もない田舎から出てきたと語った俺を心配してくれているのだろう。


 なあに、心配には及ばない……とカッコよく言いたいところではあったが。


「……いや、実は不安だな」


 学校から最寄り駅まではバス一本乗り換えなしで行けるが、生まれてから今まで街を歩く機会などほとんどなかった俺には、いきなり一人で行くというのは難易度が高い気もする。山道ならば地図がなくてもある程度は勘で歩けるが、さすがに勝手が違うだろう。


「まあ人もそんなにいないけど、とにかく人の流れに乗って歩くのよ。逆らおうとしちゃだめ、ぶつかっちゃうから。あ、ちゃんと前を見て、背筋は伸ばしてね。怪しい人に捕まりたくないでしょ」


 人差し指をピンと立てて前後に振りながら話すその姿は……うん。まるで先生だな、それも幼稚園とか保育園の。


「はーい」


「なんか幼稚園の子に教えてるみたいね」


 テーブルにもう一つ置かれているフルーツ牛乳といい、考えることは一緒か。出会いはちょっと最悪だったが、森戸さんとも、ちゃんと気が合うようだ。


「……ところで怪しい人ってなんだ?」


「迷いを持っていそうな若者を、悪い道に引き入れようとする人よ。街にはウヨウヨいるものなのよ」


「……なんだそれ怖い」


「こわいねえ……」


 本城さんと顔を見合わせた。どうやら、都会は田舎者を食らおうとする恐ろしいところも持ち合わせているらしい。


 森戸先生はその他にも、駅前に何軒かある本屋やドラッグストアはどこが品揃えがいいのか教えてくれたので、しっかりとメモを取る。一軒一軒調べる手間が省けたので、本当にありがたい。


「あ、次は体育よね、そろそろ戻らないと」


「ああ。場所は運動場じゃなくて、本部前の広場だっけ?」


「そうだよね、何やるのかなー?」


 予鈴まではまだ時間があるが、早めに中庭を後にする。入学して初めての昼休みは、とても楽しい時間になった。

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