あたらしい予感・1

「うーん。リボン結び下手……」


 小さくぼやいた私は、本城 珠希ほんじょう たまき。国立東都魔術高等専門学校に入学したばかりの一年生……いわゆる魔術師の卵。


 私がこの学校に来た理由は、家庭の方針ってことにしておこうかな。うちはそういう系の古い家で、女として生まれたからにはそれ以外は許さないという張り詰めた空気がある。


 まあ、特に将来の夢とか希望はないから、それでいいかなって。


 目の前の姿見には、長いフレアスカートにケープのついたジャケットというこの学校の制服に身を包んだ私が映る。手結びのリボンは少し曲がってしまっている。


 今朝は何度やっても変な形にしかならない。昨日はビシッと決まったのにな。時間はまだあるし、もう一度ほどいてやり直すことにする。でも、私は昔から不器用でどうもこういうことが苦手……結び直したところで、やっぱり変な形になってしまう。


「やったげようか?」


 ああでもない、こうでもないと唸っていると、ルームメイトの三井さんが寄ってきた。手際の良さに感心している間に、ちゃんと羽の長さが揃った綺麗なリボン結びができあがる。


「ありがとう。すごく上手だね」


「どういたしまして。春休みにお姉ちゃんに教えてもらって、練習したから」


 得意げに笑う三井さん、なるほどねと頷いた。


 彼女のお姉さんはここの四年生で、同じ寮に住んでいると昨日聞かされた。同じ学校に通いたくて、受験を頑張ったらしい。寮まで同じだということがとても嬉しかったみたい。


 終始嬉しそうな顔でお姉さんの話をしていたのが、すごくうらやましかった。仲のいいきょうだいには、昔からずっと憧れているから。


「じゃあ、私、お姉ちゃんと一緒に行くね」


「行ってらっしゃい、また後でね」


 先に支度を終えた三井さんは、こちらに手を振ると部屋を出て行った。時計を確認すると、まだ少し時間がある。


 これから毎日結んでもらうわけにはいかないし、コツを聞いて練習しないといけないな。


 リボンがない制服なら楽だったのに……ふとそんなことを考える。実家のすぐ近くにも魔術学校はあって、そこの制服はシンプルなワンピースにケープを羽織るだけのものだった。


 実は、うちの家系の子はみんなそっちに進むけど、私は訳あって別の学校へ。入学と同時に実家を出て、寮生活をすることになった。


 昨日から私の新しい家になった寮は、古いけどおしゃれな作りで、手入れが行き届いていて綺麗。温泉みたいに広いお風呂だとか、ベッドに寝るのは初めて。旅行にでもきたみたいでちょっとワクワクしてしまう。それに、部屋の窓から見える庭には色とりどりの花が揺れ、目にも楽しい。


 三井さんはいい子だし、入寮の時のお世話を担当してくれた先輩たちも、すごく親切で嬉しかった。不安なことはたくさんあったけど、なんとかやっていけそうだ。


 そろそろ出ようかな。あまり中身の入ってない鞄を持って立ち上がった。廊下にいる子たちに会釈をしながら歩く。


 階段を降りて一階へ。綺麗に片付けられていたけど、あちこちブルーシートで覆われた窓が、昨夜の騒ぎを物語っている。窓ガラスが何枚も砕け散っただけではなく、一階に置いてあった花瓶も全滅、食堂の食器も割れたらしい。新入生を中心に体調不良者も続出したと聞く。


 朝ご飯を食べてるときも、聞こえてくる話題はそのことで持ちきりだった。寮のスタッフさんや当直の魔術教官が夜通し作業してくれたと。あれだけの割れガラスを取り除くのは、きっと魔術使っても大変だっただろうな。


 私の家は右も左も魔術師だらけの家ではあるし、昨夜ここで何が起こったのかはちゃんとわかっていた。でも、周りの魔力を持ってる子が反応し耳鳴りや頭痛を起こしたりする程度のはずで、物を壊したりすることは普通ならありえない。


 昨日のは激しい憎しみだとか、壊してしまいたい衝動が漏れた魔力に乗ってしまい、何かを編み上げてしまった。というところだろうか。なんとなく覚えがある話ではある。


 普通でないといえば、私と同じクラスに男の子がいた。


 椅子に座ってると小さく見えたから、てっきり男の子の格好をしている女の子だと思ってた。でも握手したら男の人の手をしていて、声だって一段低くて。ちゃんと、男の人だった。


 同じクラスで隣の席で、字は違うけど同じ読みの名前で。こんな偶然ってなかなかない。その場の空気に乗せられて、つい仲良くしようって言っちゃったけど……。


 今は登校する学生が多くて玄関が混んでいたので、後ろに下がって順番を待つことにした。斜めになってる天井部分に取り付けられた窓があって、それもブルーシートで覆われているのが見える。


 どうして、助けてくれたのかな。


 シートを通して光が青く色づいて、水の中にいるみたいに思える。その下で生徒が動き回る姿はまるで水族館の大きな水槽で魚が泳ぎ回っているようだ。


 そんな不思議な朝の風景を眺めながら、昨日の夜、ここで香坂くんに助けてもらったときのことを思い出していた。

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