あたらしい予感・2
魔術学校に入学したばかりの一年生は、魔力を使って何もできないのが普通。なぜなら、魔術学校に入学するまでは、魔術を習ってはいけない決まりに一応なっているから。
なのに、彼はあのとき魔術を使った。私めがけて落ちるはずだったガラスの破片を残らず全て空中に押し留めた。
物体の浮遊術、そんなにややこしい魔術じゃない。対象が生物か無生物かとか、数や質量にもよるけど、基本的な……一年生や二年生レベル。けど、習ってもいないのに突然できるわけがない。
これもきっと編んでしまった、ということかな。
そのあと倒れてしまった香坂くんは、かなり無理をしてしまったのか、顔が死んじゃったんじゃないかってくらい真っ青で。かろうじて息はしてたけど、周りの呼びかけにも全く答えなかった。
一緒にいた男の人に、ありがとうと伝えてほしいと頼んですぐ、警備員さんが香坂くんを担架に乗せてどこかに連れて行ってしまった。
『魔力がほぼ底をついている。二、三日は起きられないんじゃないか』
駆けつけてきた先生がそう言ってたのに、さっき食堂で見たときは何事もなさそうだったのにもびっくりした。女子に比べたら体力があるというし、魔力の回復も早いものなのかもしれない。他にも同じような人がいない限りは、比べようもないけれど。
ようやく玄関に私が入り込む余地ができてきたので、自分の下駄箱から取り出した靴を履いて、ドアを開けた。
今日はとてもいい天気で、空を見上げれば真っ青な空。下を見れば玄関の横の花壇が、朝の陽の光を受けてキラキラと輝いている。明るい世界に出てこられたんだと実感できて、清々しい気持ちになる。
「おはよう……ございます」
声に振り向くと、見覚えのある顔。名前はまだ知らないんだけど、同じクラスには違いない彼女。香坂くんと揉めてた子。昨日もちょっと思ったんだけど、改めて見るとすっごく美人。
綺麗な黒髪をハーフアップにまとめて、背筋をしゃんと伸ばして立っている。リボンをネクタイみたいに結んでいるのがパンツスタイルの制服に似合ってて素敵……見とれてないで、ちゃんと挨拶を返さなきゃ。
「えっと、確か同じクラスの。おはよう」
そのまま後ろを通り過ぎた彼女を追いかける。
「……一緒に学校行かない?」
「あ、えっと、いいわよ……」
なんとも歯切れの悪い回答に、一気に気まずくなる。うちが古くて面倒な家というのは知っている子は知っているはず。クラスにもさっそく私のこと避けてるんだろうなって思う子もいたし、彼女も同じだったのかも。
それとも、香坂くんと話をするような子とは仲良くはできないってことかな。気やすく声をかけたことを後悔してしまった。
「ごめんね、迷惑だったかな。やっぱりひとりで行くね」
「違うの。昨日の騒ぎは、実は私のせいで。みんなに迷惑かけるような人間と仲良くなんかしたら、あなたの立場が悪くならないかしら」
あれ、この子だったんだ。なんというか……くじ引きであたりを引いたみたいな気分。くじ運は今ひとつのはずなのに、今日の私は冴えてるのかもしれない。
「大丈夫、ぜんぜん気にしないから。もう体は平気?」
「大丈夫よ。本当にお騒がせしてごめんなさい。先生たちも気にしないでとしか言わないし、片付けの手伝いなんかもさせてもらえなかったから、なんだか気が済まなくて」
彼女は目を伏せた。ひどく落ち込んでいるのか、ちょっと泣き出しそうな顔をしてる。もしかしたら、色んなことを知らないのかもしれない。
なぜから、ああなっちゃったのは持ってる魔力が強くて、しかも量も多いってこと。それは誇っていいことで、思い詰めることじゃないのに。本人の意思の強さとは無関係だから、先生たちだって叱ったりはしないはずだし。
「みんなびっくりはしたと思うけど、仕方ないことだって知ってる子の方が多いから大丈夫。けが人はいなかったらしいから、あんまり気にしなくてもいいって」
「……ほんとに?」
「うん。だから元気出して」
よかった、やっと笑ってくれた。もしかしたら仲良くなれるかも……柄にもなく心が弾んだ。
「私、本城珠希って言うんだけど、あなたの名前は?」
ようやくお互いに自己紹介。でもその後は黙って歩くだけ。ちょっと気まずくなって、必死で話題を探すけど……髪が綺麗だね、シャンプーなに使ってるの? くらいしか思いつかない。ちょっと変だよね。
「本城さんは他の子とお話ししたりしてたわよね。もうお友達はできたの?」
「ああ、えっと。お友達……って言っていいかはわからないけど」
たぶん世界でただひとりの魔術が使える男子、それにここにトップ合格して新入生総代を務めるような四宮家の子、そしてあれほどのことを起こせる魔力の持ち主が同じクラスなんて。
うーん、これからどんな学校生活が待ってるのか全く読めない感じ。揉め事が起こったりせず、楽しいものだといいなと願わずにはいられない。
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