夜更けに思う
「あら、目が覚めた?」
気がつかないうちに眠っていたのか、意識が少しふわふわとする。時刻はたぶん十時過ぎくらい。目だけを動かして、あたりを確認する。
ここは今日から暮らすことになった寮の部屋。天井の明かりは落とされていて、ベッドサイドのランプだけがほの明るく光っていた。焼かれるような苦痛からは解放されたけど、未だに体がだる重くて起こせない。
話しかけてきたのは、普段は専科を受け持っているとおっしゃった女の先生、お名前は
「私、あの、学校にいられるんでしょうか」
せっかく入れた魔術学校なのに、ここまでの騒ぎを起こしたらもう退学処分を受けて学校を去らないといけないかもしれない。その心配で私の胸はいっぱいだった。
「ああ、大丈夫よ。こんなのよくあることだもの」
銀川先生が私に向けて否定するように手を振り、続けられた。
「初めて魔力のある人と間近に接するという子が、呼び合っちゃって、とか。親元を離れることで不安定になるとか、いろいろね」
そう言って苦笑いされ、今度は一ノ瀬先生が続ける。
「まあ、あなたは力が特に強いからね。一度こうなると何回か続くこともあるから、ここでの暮らしに慣れるまでは、気持ちを落ち着けるために工夫が必要かもね。明日にでもお医者さんに相談しましょう」
私の身内や親しい人に魔術師さんはひとりもいないから、その辺りの事情に私はあまり詳しくない。それなのに『特別に力が強い』とは折に触れて伝えられてはいたから、自分がそうだというのは知っていた。
でも今日までは特に自覚することなく生きていたのに。あんなことになってしまうなんて……。
「まあ、自然に止まってよかったわ。今日はゆっくり休みなさい」
私は一度目を閉じた。ふと、まぶたの裏に浮かんだのは小学生の時の光景。
私の真っ黒な髪や目つきを、流行りのゲームに出てくる悪役の魔女みたいだと数人の男子にしつこくからかわれて、あげく『退治してやる』とまで言われてから、ずっと男子が嫌いだった。
中学から女子校に行きたかったけど、受験で失敗し結局共学校へ。そこでも色々あって、さらに恨みつらみは募り……勉強はあまり得意ではなかったけれど、その力を魔術学校の受験にぶつけたというわけ。
念願かなって実家からも比較的近い学校に入れたけど、ここにもなぜか男子がいた。どんな不正をしたら男子が入学できるのか。その上あのヘラヘラした笑顔が気に障ってしかたなかった。そのうえ寮にまで現れたことでとうとう我を忘れてしまって。
自分に何が起きたのか分からなかったけれど、憎悪の気持ちさえも焼き尽くされていくかのようだったのに、彼の「止まれ」という声だけははっきりと耳に届いて、冷たい水をかけられたみたいに、とたんに全てが鎮まって。
強い力に体を押さえつけられたようだったけど、不思議と不快さはなくて、むしろ安心して。まるで後ろから抱きしめられたみたいで……こんな気持ちを抱くなんて。最近読んだ漫画のシーンと重なって、なんだか恥ずかしい。
布団にもぐりこみたくなったけど、先生がいるから我慢しなきゃ。薄暗いから、きっと顔色まで分からないわよね。
「そうだ。あなたと同じクラスの香坂くんがね」
『香坂くん』が誰のことなのか気がつくのに数瞬かかり、ドキドキしてきた。確か昼間にクラスの子と名乗り合ってるのは見た気がするけれど、私は彼の名前なんか気にも留めていなかった。ただ、男子がいることにイライラして、耳も目も塞いでいたから。
「彼が学生を助けてくれたおかげで、誰もけがをせずに済んだのよ」
一ノ瀬先生の言葉にドキッとした。枠だけになってしまった窓がいくつもあって、廊下にまでガラスの破片が散らかっているのをちゃんと目にしたのに、それで誰かに怪我をさせてしまったかもしれないなんてこと、これっぽっちも考えていなくて。
私は自分のことしか考えていなかった。せっかく入れた学校なのに騒ぎを起こして、物を壊してしまったから退学になるのでは……頭の中はそのことでいっぱいだった。
とたんに自分が情けなくなる。私はこれから魔術師を目指すのに、自分の力で人を傷つけてしまっていたかもしれないなんて最低じゃない。
すみません。と小さく声に出せば、二人の先生がこちらを見て微笑んでくださっていることに酷く安心したけれど、それに甘えていてはいけない。もうこんなことがないように、しっかり自分を律していかなければと。
「じゃあ、私は彼の様子を見てきますね。銀川先生、あとはよろしくお願いします」
そういって立ち上がられた一ノ瀬先生に、私は問いかけた。
「あの、先生。彼はどうしてここに来られたんですか」
「どうしてって、ちゃんと入学の資格があったから。ちゃんとあなたが受けたのと同じ試験を受けて、合格してここに来たのよ。私たちも正直信じられないけど、そういうこと」
さらりと返されて、私はきょとんとしてしまう。
「彼が魔術を使えるって本当だったのね。驚いたわ」
「確かに。しかもあの先輩の息子さんというのがまた」
「ねえ。びっくりしちゃうわよね」
先生二人が顔を見合わせて話すのを聞いてハッとする。彼の様子をってどういうことなのかしら? もしかして彼に何かあったのでは。動悸がして、胸を押さえた。
「あの、その、彼……は大丈夫だったんですか?」
「ええ、今はぐっすり寝てると思うから心配ないよ。さて、
一ノ瀬先生は微笑むと、部屋を出て行かれた。パタリとドアが閉じる音。
「さて、森戸さん。まだ力が燻っているような気もするから、ちゃんと鎮まるまで付き添わせてもらうわね」
銀川先生は私の布団をかけ直し、ご自分も膝掛けを広げる。先生もお疲れなのに付き添わせてしまうなんて。私は本当になんてことをしてしまったんだろう。
先生に少しでも休んでいただくためにも、早く眠ったほうがいいわね……私は半ば無理やり目を閉じる。明日もし彼に会えたら、ちゃんと謝ろう。そう思いながら。
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