第4話 クラスメイト
「魔術学校には女子学生しかいませんが、仮に入学できた時には周りとうまくやっていけると思いますか?」
虚をつかれたと思った。しまった! と声を出しそうになったのをグッとこらえる。
試験は女子と条件が同じと聞いていたので過去問通りの答えしか考えてきていなかったが、よくよく考えれば想定できた質問だ。
――落ち着け!
そう念じてから奥歯を噛むと、細く長く息を吐いた。脳内で急いで答えを練り始める。
「はい!」と元気よく答えるのも何か違う気がするし、かと言って自信がないことを表に出しても印象は良くなさそうだ。どう答えたものか。
男女交際の経験こそないものの、女子に強い苦手意識があるわけでもなくそれなりに話をすることもできる。特に問題が起こったこともない……いや。
俺が魔術学校を希望していると聞いた友達が勝手にハーレムだのモテモテだのと騒いだせいで、その場にいた女子全員のひんしゅくを買ってしまったことはある。でも、あれは完全なるもらい事故だ。
それでも入試までの数週間は針のむしろにでも座らされている気分で、生きた心地がしなかった。
その後和解し『頑張れ』と笑って送り出してもらえたので良かったものの、俺の立場は相当に難しいことをわからされた事件? だった。
とはいえ、だ。
別に女の子に興味がないわけではない。やっぱり少しは期待してしまっている自分がいるのだ。
可愛い子はいるかな、とか、好きな子ができたりするかもしれないな、とか。頑張って仲良くなって、その、付き合ったり……そんなことを考えたことも――。
「香坂さん、どうかされましたか?」
気がつくと、試験官がそろって首を傾げている。すっかり黙りこんでしまっていた。俺は、こんな時にいったい何を考えていたんだ。
「あっ、すみません!」
失敗してしまったことに気がつき、顔が熱くなる。自分の周りだけ酸素が薄くなったみたいに苦しい。
きっちりと閉めた詰襟を緩めたい。思いっきり息が吸いたい。
とにかく早く終わらせるために、必死でもがく。
「なか、仲良くできたらと思います。色々と難しいこともあるかもしれないですが、今までもなんとかなってきたので、はな、話せばわかってもらえると思います」
完全にそれまでの調子を崩し、しどろもどろの返答になってしまう。目を丸くしたのち、顔を見合わせる試験官たち。
「なるほど、わかりました。ではこれで面接を終わります。お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
立ち上がった俺に向けられたのは、苦笑いといってもいい表情だった。これでは試験に落ちてしまっても仕方がない。
ああ、終わったと思った。
◆
――ああ、終わった。
俺は他人事を見ているような、どこか虚ろな気持ちでいた。
「どうしてここに男子がいるの!! だって、魔力は!?」
金切り声が耳に刺さり、意識が現実に引き戻される。
声の主はこれまた煌びやかな世界から飛び出てきたような美人だった。今回は間違いなく女の子だが、先ほどの紺野さんといい、やっぱり都会は綺麗な人ばかりなのだろうか。
思わず椅子から立ち上がると彼女は後ずさり、かと言って逃げるわけでもかく、俺をしっかりと睨み上げてくる。
頭ひとつ身長の低い彼女は、艶やかな黒髪を上半分だけまとめ、真っ黒の瞳に満月のように確かな光を宿している。
ぱっと見た感じではおしとやかな深窓の令嬢という印象を受ける見た目だが、少し釣り上がった目つきからは、並々ならぬ意志の強さが感じられる。
彼女、黒髪の子が言わんとしていることはわかる。本来ならば男はどんなに望んでも魔術師にはなれない――この学校には入れないはず。それがこの世界の常識だ。
けれど、俺は揺るぎないはずの常識の外側にいる。
「そこはその……魔力はなぜか持ってるんだけど、理由はわからない。特例で入試を受けさせてもらって、合格したから」
「特例って、特別扱い!? やっぱり不正なの!?」
「いや、えっと、その」
明らかな敵意に喉を切り裂かれたような気がして、身がすくんだ。俺は彼女の問いに対してあるがままを述べただけだが、言い方が悪かった。これではまるでズルをしましたと言っているようなものだ。
俺は他の受験生と同じ試験を受けてここに合格している。特例といっても、単に『試験を受け、合格の基準に達すれば入学してもいい』というだけのもの。決して、入試で下駄を履かせてもらえたというわけではない。
「ちょっと! なんとか言ったら!?」
ここからどう体勢を立て直すかを必死で考える俺を、黒髪の彼女は容赦なく責め立ててくる。
「……ねえ、もう、やめよう。彼、困ってるよ」
栗色の子が割って入ってくると、黒髪の子は押し黙った。しかし敵意と不快感を隠すこともせず、こちらを睨め付けたまま、口をへの字に曲げている。
黒髪の子と同じような険しい表情を顔に貼り付けている子、そこまでは行かずとも、いぶかしげに眉を寄せている子。慌てている様子の子、そもそもあまり興味がなさそうな子。
そして。そのいずれにも当てはまらないのが、彼女。
「えっと、ここの看板には女子校とはどこにも書いてないし、それに、この星には何十億人も人間がいるんだから、ひとりくらい魔術が使える男の子がいてもおかしくないかなあ……なんて」
栗色の子は朗々とした調子でそう言うと、どこからともなく「確かに」という声が聞こえた。頷いている子もいる。肝心の黒髪の子は表情を全く変えていないが、場の剣呑とした空気は幾分か和らいだ気がした。
栗色の子はこちらを振り返った。屈託ない笑顔ではあるが、ほんの少し口角がひきつれているように見えるのは気のせいか。ふと目を落とすと風もないのにスカートの裾がかすかに揺れていることに気がついて、ハッとした。
――きっと、怖かったんだ。
そりゃそうだ、縮こまっていた俺にわざわざ話しかけてきたと言うことは、ここに顔見知りはひとりもいないと考えるのが自然だ。
初めて来た場所で不安なのは彼女も同じだったはず。そんななか、入学早々クラス全員を敵に回すかもしれないのに、俺なんかをかばうために勇気を振り絞ってくれたのだ。
両の拳を強く握る。もちろん自分を鼓舞するためにだ。
俺だって並々ならぬ努力を重ねてここに来たんだ。疑惑をそのままにして引き下がるわけにはいかない。今度こそ、本当に覚悟を決めた。
「ごめん。ありがとう」
栗色の子に礼を言って、前を向いた。何条もの突き刺すような視線を逃げることなく受け止める。
正直、チクチクと痛い。裁縫箱にある針山はもしかするとこんな気分かもしれないなんでしょうもないことを考えた。けれど、黙ったままではわかってもらえることもない。きちんと向き合わなければ。
「確かに今は女子しか通ってないから、規則を新しく作ってもらったり変えてもらったりする必要はあった。けど試験で不正はしてない。だって下駄を履いて入ったところで、たぶんこの学校ではやっていけないだろ」
ここ東都魔術高等専門学校は、全国に六校ある魔術学校の中でも最難関と言われている。魔術学校の入試は特殊なので学科試験の成績だけで全てが決まるわけではないのだが、求められる学力は相当に高いのだと卒業生の母親が言っていたのだから間違いない。
言いたいことは言った。あとは睨まないように気をつけたが、黒髪の子は返事を拒否するように踵を返すと教室から出ていってしまった。
やがて俺の存在は一応はここに馴染んだのか、教室に元の賑やかさが戻ってきた。
「えっと、ええっと。だ、大丈夫? び、びっくりしたね」
「ああ! ありがとう。大丈夫。助かったよ」
栗色の子が腰を抜かすように席についたので、俺もゆっくりと座る。まだ震えているかどうかまではわからなかったが、少なくともその表情は先ほどより幾分か和らいでいた。
「どういたしまして。あ、そうだ。名前を教えて」
人懐っこい笑顔を向けられて、身体が急に熱くなる。
少なくともひとりだけは、わかってくれようとしている。今の俺にはそれで充分だった。
「俺は
「えっ」
なぜか、栗色の目がさらに大きく見開かれた。
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