5月〈2〉あたらしいともだち・2

 ……振り返ったことを短い文章にし、部屋の隅にいるの写真を添えて、送信ボタンを押す。返信は、一瞬で送られてきた。さすが慣れているらしいだけあって、打ち込むのが早い。


『一発目で取れるか普通!? やっぱり魔術師ってすげえな!』


 内容はだいたい想像していた通りのものだった。しかし魔術に携わるものの端くれとして、解いておかなければならない誤解が含まれている。


『魔術使ってない。ていうか、そんなことに魔術使ったらめちゃくちゃ怒られる』


『え、そうなの? つまんないな。魔術使って取り放題だと思った。きびしー』


 友達の言葉に苦笑いした。魔術を使って景品取り放題……確かに手を触れずとも、物体を意のままに浮かせたり動かしたりすることができるわけだから、できる。問題は、できるからと言ってやってしまうと、すぐにお縄になると言う事である。さすがに学校は退学処分になるだろう。


 魔術に対する制限や規制は、魔術師ではない人が考えるより、はるかに多くて厳しいものなのだ。


 そもそも俺はまだ魔術学生の身分。校外ではいかなる目的でも、魔術自体の使用が禁止されているわけで……まあ、四月にその件でこってりと絞られているので、以来、断じて授業以外で魔術は使っていない。


『そうそう、厳しいぞー』と返し、スマホを一旦置いた。ずっと画面を見ていたので少し疲れた。目を閉じてぐっと伸びをし、首も左右に動かしておく。


「そういえば、環くん。そこの子は新しいお友達かい? かわいいね」


 紺野先生はノートパソコンを閉じながらそう言うと、俺の部屋に入ってきた。隅にいるぬいぐるみの前にしゃがみ込むと、ぴんと長い耳をそっと確かめるように触った。


「それ、クレーンゲームで一発で取れちゃって」


 別にぬいぐるみが欲しいわけではなかった。最後に大物に挑戦したくなって、母親がひいきにしているウサギのキャラクターのぬいぐるみに目をつけただけだったのだ。もちろん取れるはずなどないと思っていた。


「えっ! すごいじゃないか。ほんとに取れるもんなんだねえ。へえ、かわいいなあ」


 先生はぬいぐるみを丁寧に袋から出し、抱き上げた。優しい眼差しを向け、ゆっくりと毛並みを確かめるように撫でる。まるで赤ちゃんでもあやしているみたいだ。


「……先生、もしかして欲しいですか?」


「いやあ、僕の部屋に置くにはちょっと大きすぎるかなあ。とてもかわいいけどねえ」


 先生はぬいぐるみを持ったまま、ちらりと自分の部屋を見た。机の上は整然としているが、本棚に入りきらない本が机の脇やベッドの横に積み上げられている。ほぼ魔術の関連書、時々読み物といった感じだ。確かにぬいぐるみが落ち着けそうなスペースはない。


 先生はぬいぐるみを再び丁寧に袋に戻す。最後に頭をひと撫でしたその表情は、なんとなく名残惜しそうに見える。


 このウサギは母親にあげようと思っていたが、大きなぬいぐるみを大人の女性が喜ぶかどうかはわからない。それに長距離を持って帰るには邪魔なサイズで、送るにも送料が結構かかるのではないだろうか。


 ここに置いておけば先生がいつでも可愛がれるので、やっぱりこのまま持っておくことにした。男子高校生がピンクのぬいぐるみをというのは少し恥ずかしいが、ここに他の人が入ることは滅多にあることではない。


 ……ぬいぐるみからの視線が若干気にはなるが、そのうち慣れるだろう。


「あ、そうだ先生。小さいのもいろいろありますよ。もし好きなのがあるなら持っていってください」


「ほんとかい?」


 言ってはみたが、果たして男の人がこんなものを進んで欲しがるだろうか? 取ってきた景品を納めていた物入れの引き出しを開けると、先生がパッと寄ってくる。


「わあ、ありがとう。姉の影響かな、昔からかわいいものが好きでね」


 紺野先生に関する、ひとつの謎が解けた。


 先生の身の回りのものは、何となく『かわいいもの』が多いように思っていた。その理由は学外に出るのが面倒だからとか、こだわりがないからだと考えていた。学校の外に出ずとも、何でも揃う学内の売店は、完全に若い女性客を意識した品揃えであるからだ。


 先生は目を輝かせ、しばらく引き出しの中身を吟味すると、何なのかよくわからなかったグッズを手に取った。手のひらに乗るほどの箱。中にはネコのキャラクターのマスコットが入っている。


「これにしようかな」


「これ、なんなんですか?」


「あ、知らないのかい? まあ、見てごらんよ」


 先生は慣れた手つきで箱を開け、透明の包装も取ると中身を俺の机の上に置く。ただの置物か? じっと見つめると、ネコのマスコットがひとりでに首を振り始めたので、思わずギョッとした。


「え……なんですかこれ? なんで、動くの?」


 思わず、自分の手のひらを見つめる。もしかして、


「ああ、ここにソーラーパネルがついててね。光を当てると動くんだよ。かわいいねえ」


「びっくりした……」


 先生が、ゆらゆらと首を振るネコを愛しそうに見つめつつ、土台を指差して教えてくれた。確かに電卓についているような、小さなパネルが埋まっている。


 俺はてっきり、また自分が無意識のうちに何かをしでかしたのかと思った。世の中の不思議なことは、何もかもが魔術で引き起こされるとは限らないようだ。


 ネコのマスコットを自分の机の上に置いた先生が、時計の方を見ている。俺もつられるようにそっちを見た。ああ、もうこんな時間か。そう思った時、グルグルと腹の虫が鳴く音。


「お腹がすいたなと思ったら、そろそろ夕飯の時間だ。食堂に行こうか。今日のメニューは何だろうねえ」


 先生は机の上のものを綺麗にまとめ直し、さっさと玄関の方へ向かってしまった。


「あ、待ってください」


 後を追おうとすると、机上のスマホがポコンポコンと音を立てる。また何か友達からメッセージが届いたようだ。返事は後にするが、確認するだけしておこう。


『そーだ、たまき、彼女できたか?』


『女子ばっかの学校にいるんだから、楽勝だろ〜?』


 ……はあ、またそのことか。まったく、人の苦労も知らず、飽きもせずに何回も何回も。悩みが尽きない最近は、この文句を見ると、何もかもがめんどくさくなってしまう。今日も、自動的に深いため息が出てくる。


 ちなみにこの友達は、高校に入学して早々に……というやつだ。俺とは違い、昔からヤツは何をさせても要領がいい。予想はしていたが、そういうことに対してもうまく立ち回れたようだ。このあとはどんな返事をしたところで、長い長いのろけ話に突入するのがお約束である。さて、今日はいったい何を聞かされるのだろうか。


 そして、通知音がもう一回。今度は何だよとスマホを睨む。図ったかのようなタイミングで、他の友達からも追撃が来たようだ。


『環、久しぶりー! 女子校どう? 最高? 彼女できた?』


 うなだれた。そういえば、こいつにも……と言うのは、噂には聞いている。最近、地元の友達から届く話題はこの手のことばかりだ。しかしどうしてこう、高校生になった途端こうなるんだ?


 ついこの間まで、河原で石を投げて、水切りの回数を競っていたじゃないか!!


 完全に置いて行かれているどころか、俺がで女の子をとっかえひっかえ、好き勝手遊びまくっているという噂まで流れているらしい。もちろん火消しを頼んだが……この分だと消えてなさそうな気がする。


 ……彼女なあ。友達はちゃんとできたが、今のところ別に好きだと思う人がいるわけでもない。気になる子はいるが……まあ、うん。


 そんなことよりなにより勉強が忙しいし、他に考えなければならないことも多すぎる。はあ。どうしてもため息が漏れてしまう。今は夕食前、空腹のせいでただでさえ無い力がさらに抜けていく。


 腹が減っては戦はできぬって言うよな……よし、しっかり食べてこよう。そう決めると、スマホに充電コードを挿した。


「環くん? どうしたのかな、先に行くよ?」


「ああっ先生! すみません! 待ってください!」


 机の中から寮生カードを取り出しポケットに突っ込んで、部屋の明かりを消し、先生の後に続いた。

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