第5話 入学式の後

 入学式はあっさりと終わり、場所は再び一年四組の教室。


 先ほどまではホームルームの時間。クラス全員がそれぞれ軽く自己紹介をしたあと、これから使う教科書やプリントなどが配布された。


 さっそくものすごい量の紙が詰め込まれた通学鞄は、ファスナーが悲鳴を上げそうなほどに膨れ上がっている。


 そして今は、学生証などに使う個人写真の撮影の順番を待っているところ。一組から順なので、ここまで来るには少し時間がかかりそうだ。


 待ち時間をどう過ごそうか迷っていたところ、隣の席から話しかけられ、そして背後からまた生えてきた人物が。


 なんと、本城さんと、四宮さん、それに俺の三人でそれなりに会話が弾んでいる。さっそく話せるクラスメイトができたなんて、初日としては上々すぎる滑り出しだ。


「香坂くんって、地元どこなの?」


 本城さんの質問に具体的な地名を答えると、


「いやあー。えんらい遠いところから来なさったのだな、たまきくんは」


 四宮さんと本城さんがそろって目を丸くする。


「うん、めちゃくちゃ遠いよ」


 俺の机に寄りかかり、綿菓子のようにふわふわとした髪を揺らしながら独特の口調で話す四宮さん。


 式の間じゅう、どうしてもこの不思議な調子が頭から離れず、勝手にハラハラしていた。


 しかし壇上で宣誓をする姿は、この難関校に首席合格した容姿端麗な優等生そのもの。その変貌っぷりには呆然とするほかなかった。


 式後、思っていたことをぶつけてみたところ、『オンオフの切り替えくらいちゃんとできるんでござるよ』との返答だった。優等生はすごい。


「ねえ、もっと近い学校もあるのに、わざわざここを選んだのは何か理由があるの?」


 そう問うてきたのは本城さんは、ギャップが擬人化したような四宮さんとは違う。人懐っこい笑顔と、柔らかな話し方に少しだけ心惹かれてしまう。


 しかし先ほどの自己紹介タイムで、彼女が名乗ったとたん明らかに反応したクラスメイトが何人かいた。


――そういえば、魔術師の才能は、遺伝的要素に大きく左右されるので、『この家に生まれた女性はみんなそう』という家もそれなりにあるらしい。


 そのなかでも、特に力の強いものが生まれてくることが多い家は、魔術師の世界では名前が通っているんだそうだ。


 この学校には、そういう出自の人が多いと母親から聞かされてはいた。俺はあいにくその手の話題には疎いので、どの名字がそうなのかはよくわからないが。


 この素朴で気さくな本城さんも、もしかしたらいいところのお嬢さんなのかもしれない。気になるけども、今日会ったばかりであれこれ詮索をするのもどうか思うので、またそのうちにと思う。


 本城さんが首を傾げている。そうだ、質問に答えなければ。


「俺も実家から近い方がいいとは思ってたけど、受け入れてもいいって言ってくれたのがここだけで、その他には断られたんだ。ここに受からなきゃ魔術学校自体に入れなかった」


「うひょお。それはまた厳しい話だったのだな!」


「こわい。私が同じこと言われたら、緊張してありえない失敗しそう」


 先ほどは詳しく明かさなかった俺の事情。四宮さんは長いまつ毛に縁取られた大きな目をさらに大きく見開き、本城さんは少し青い顔で口を手で覆ってうつむいた。



 ◆



 魔術学校は全国に六校あり、全て国が設立した国立校。まずは五年間で通常の高校のカリキュラムと、魔術の基礎基本から発展応用実践をあわせて学ぶ。


 五年の過程を終え、国家試験に受かれば魔術師の資格を得られる……言うのはどこの学校を選んでも同じだ。その後、専門的なことを学ぶために専科に進めば、過程は合計で七年間になる。


 しかし学校により特色があり、難易度も少し変わってくる。魔術学校への入学希望者は全員、毎年一月に二日間にわたって行われる全国統一の入学試験を受ける。


 そして入試の成績、中学からの内申書、本人の希望、適性検査の結果で、実際に入学できる学校が決まる。


「普通はよほどのことがない限り、どこかには引っかかるのにの」


 四宮さんは眉根を寄せ、腕を組んでつぶやく。この学校に首席入学できるなら、滑り止めの心配などしなくても良さそうだな。


「そうだよね。私も希望を出したところは全部受かってたみたい。でもここが一番向いてるからって通知書に書いてあった」


 本城さんの言うように、普通は二校か三校希望を出し、そのうちのどこかに決まることが多いようだ。ただ、試験の結果次第では、希望以外の学校になってしまうこともあるらしい。


 ちなみに、魔術師を志すことができるもの、要するに魔力を持って生まれる人間の数はそこまで多くない。しかも全員が魔術師を目指すわけではないので、実は試験の倍率はそこまで高くなかったりするのだが。


 まあ、それはどちらにしても、の話である。


「だよなあ。自分は一箇所だけってのも辛かったけど、そのくらいのつもりでないと男に魔術師はできないってことかなって思ったから、頑張ったんだよ」


 一見すると不公平に思われるが、そもそも男子である俺に魔術学校への門戸が開かれたことすら奇跡だったのだ。贅沢は言ってはいられないと、一般の高校の推薦を蹴って腹をくくった。


 俺の夢のためにと、忙しい仕事の合間をぬって男子学生の受け入れを各校に働きかけ、重い扉を開けてくれた母親。その恩に報いるために、これから必死で頑張らなければならないのだ。


「ああーなるほど、たまきくん。君は既につらい試練をひとつふたつと乗り越え、ここにいるのであるな。その心意気、褒めてしんぜようぞ」


 なんだか偉そうな口調だが、不思議なことに腹は立たない。肩をポンポンと叩かれながら褒められると、素直に照れてしまう。本城さんも、うんうんと首を縦に振ってくれたので余計にだ。


「いや、四宮さんは新入生総代なんだから、トップ合格ってことだろ? そんなことはすごく頑張らなきゃ、できっこないだろ」


「さあ、それはどうかな」


 俺を見た四宮さんはヘヘンと口角を釣り上げ、腰に手を当てふんぞり返った。まさに得意げといった感じで、女子にしたって小柄な身体が少しだけ大きく見える。


 ん? 改まってどうしたのだろう?


 いや、改まると言うのは違うかもしれないが……見つめかえすと、四宮さんは驚くべきことを口走った。

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