第6話 綿菓子の味

 四宮さんはフフフンと得意げに笑うと、こう言い放った。


「いやあ、タマタマたちよ。あんなものは朝飯前というやつでな。どちらかというと満点を取らない方が難しいんでござるよ」


 満点を取る方が難しい――ぜひ死ぬまでに一度は声に出して言ってみたい憧れの台詞である。


 驚くべきことに、あの銀糸を……いや、綿菓子を乗っけたみたいな頭には優秀な頭脳コンピュータが搭載されているらしい。同じような気持ちでいるのか、本城さんも目を丸くしている。


 俺も勉強は苦手ではないし、中学の時の成績はかなりいい方で、満点を取ったことはなくもない。


 ただ、それは授業で学んだことが身についているのか確かめるための定期テストでの話で、幅広い受験生を厳格に選り分けるために作られた魔術学校の入試となると話は別だった。


 一日で五教科の試験を科されるだけでも大変なのに、問題数もかなり多く、最後まで解ききれずに時間切れになってしまった科目もあった。もしかすると学力だけではなく、集中力も測られていたのかもしれない。


 まあ、そんなことよりまた聞き捨てならないワードでまとめられていることに気がつく。俺はともかく、本城さんにまでこういうことを言うのはどうかと思うので、きちんと一言物申すことにした。


「あのなあ、タマタマとか呼ばないでくれ。本城さんもそんなふうに俺とひとまとめにされたら迷惑だろうが」


 少し声が大きくなってしまった。クラスメイトが一斉に静まり返り、そして揃ってこちらに視線を向けている。やっぱり、女の子しかいない場所では男の声はやたらと通ってしまうらしい。しまったと思ったが、時すでに遅し。


 本城さんはなんとなく身をすくませているように見えるし、四宮さんも大きな瞳をおそらく限界まで開いていた。


 さて、ここまでは頑張ってよそ行きの声を作り……まあ要するに、カッコつけてできるだけ静かに丁寧に話していたし、ずっとそうするつもりでいた。怖がられないように、浮かないようにと考えた結果だったが、こんな簡単にボロが出るとは。


 しょせんはただの付け焼き刃、または薄っぺらな仮面だった。幸い黒髪の子の姿は見えなかったが、クラスメイトからの視線に責められているような気がした。


 確かにこの状況は、身体の小さい女の子をいじめようとしていると思われても仕方ない。


「ああ、ごめん、そんな、いじめようとしたわけではなく」


「ふむ。今のが本当のたまきくんだったのかね?」


 慌てて弁解したが、四宮さんはそんなのお構いなしと言わんばかりだった。また先ほどのようにあまりにも近すぎる距離で俺の顔を覗き込み、レンズの向こうで微笑んでいる。


 風でなびきそうなほど長いまつ毛にふち取られた、ラムネ瓶のガラスのような色の瞳は、息を呑むほどに綺麗だった。


「わたしのことは友人とでも思ってもらって、今のように接してもらって構わないぞ。なんせ先は長い。気を張り続けるのも疲れるだろう。わたしはこんな性質たちだから、だいたいのことは気にしない。肩の力を抜きたまえよ」


 四宮さんは片方の口角を持ち上げ、怪しげに笑う。それはまるで心の中を見透かしているようだった。


 彼女のずば抜けた優秀さを思えば、そのような心得も持ち合わせているのかもしれない。でも不思議と恐怖や嫌悪は抱かない。素の自分を出しても引かれなかったことに安堵した。


「ありがとう、四宮さん。じゃあ、あんまり力入れずに付き合わせてもらおうかな」


「ああ、そうだ。たまきくん。その、『四宮さん』はむず痒いんでやめてほしいんでござるよ。シャーリーか透子と呼んでくれたまえよ。ちなみに君のことはややこしいので敬称つきで呼ばせてもらうが。ああ、たまきちゃんもだぞ」


「……わかった。じゃあ、どっちで呼ぶか考えとく」


 四宮さんは綿菓子のようにふわふわとした髪を揺らしてケケケと笑うと、俺も自然と笑顔になる。


 保育園から中学まで人間関係はほぼ持ち上がりだったので、新しい友達ができたのも久々。そのうえ、名前が二つある子に出会ったのは初めて、そのうえ女の子の友達ができたのも初めてだった。


「じゃあ、私は透子ちゃんって呼ぼうかな。香坂くんは?」


「んー。もうちょっと考える」


 うーん、俺も本城さんに倣って『透子』にしようかな。いや、不思議な喋り方はともかくとして、まるでお人形さんと言ったような雰囲気の彼女には、シャーリーの方がしっくりくる気もするし。まあどちらも彼女の名前には違いないのだからしっくりくるのは当たり前か。


「やった、さっそく友人というものができたぞ!」


 意外なことに、彼女もまたそこを不安に思っていたらしい。歓声の後、突然飛びかかってきた四宮さん。小柄な彼女はすばやさのステータスが振り切れているのか、防御する間もなく懐に入られ、ついでに頭を掴まれた。


「うわ!? 何するんだよ」


「ウケケケケケケケ!!」


 なんというか、ものすごい勢いで頭を触られた。いきなり熱烈なボディタッチなるものを見舞われて目の前が白黒する。


 見た目からして名前からして彼女には外国の血が入っていそうだ。彼女からしたらこれが友人になった証なのかもしれない。やや釈然とはしないが、ここは俺を尊重してくれた彼女のことも尊重するべきだろう。


 四宮さんはとにかく楽しそうだが、このあとは学生証などに使う個人写真の撮影がある。頭をこねるように散々いじられて、ときどき髪が抜ける感覚もする。髪型はとんでもないことになっていそうだ。


「なあ、そろそろやめてくれるとうれしいかも」


「たまきくんは頭の形がとても良いな!」


 だめだ。なぜか頭の形を褒められた。先ほどまではきちんと通じていた言葉が通じない。俺をいじり倒す小さな手は全く止まる気配がない。さっきのように強く出ることも考えたが、弱いものいじめだと思われてもたまらない。


 ここは他人に指摘してもらった方がいいかもしれないと思い、本城さんに目で訴えかけたが、奥ゆかしく口を手で押さえて笑っていて、止めてくれる様子はない。


 万事休すか……俺は全てを諦め、口の端から乾いた笑いをこぼしながら、写真撮影の順番が回って来るのを辛抱強く待つしかなかった。

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