女子が三人寄れば

 放課後。今日は終礼が少し長引いたので、香坂くんは大急ぎで荷物をまとめて補講に行ってしまった。私も本当ならサークルがある日なんだけど、先輩たちが夕涼み会の準備で忙しいらしいので、今週は中止になっている。


 さて、今日はどうしようかしらと考えていたら、後ろからツンツンと背中をつつかれた。


「透子さん? どうしたの?」


 透子さんは振り向いた私と目が合うと、大きな目を細め微笑んだ。首を傾げたところに、帰り支度を終えた珠希さんもやってくる。


「聞いてくれたまえよ、よしのちゃん、たまきちゃん。この週末は二人を我が家に誘い、女子会というものを開きたいと思っておるのだが」


「「女子会?」」


 ……透子さんがピンと立てた人差し指を左右に振りながら、フフンと笑う。その顔はご機嫌そのもので、今にも鼻歌を歌い出しそう。言われてみれば、私たちは寮に住んでいるから毎日が女子会みたいなものだけど、透子さんはそうじゃないものね。なんだか楽しそうでもあるし、ここはお誘いに乗ることにした。


「二人とも、週末の予定はどうかね?」


「ないけど、透子ちゃんのお家に……遊びに行っても大丈夫なの? あの、私」


「ああ、当主の許可はきちんともらっておるから、何も心配はいらない」


「私も特に予定はないわ。土曜も日曜、どちらも空いてるわよ」


「ならば、手間をかけるが、二人とも寮に外泊届を出しておいてくれたまえ。時間は土曜の朝食後から日曜の昼食後くらいにしておいてもらおうか。ああ、そうだ。滞在先の住所と連絡先、責任者の氏名はこれを」


 透子さんはノートを取り出して住所と電話番号、名前を書きつけると、ピリッと破って手渡してきた。受け取って、畳んで胸ポケットにしまう。


「でも、いきなり泊まりがけでも大丈夫なのかしら」


「ああ。気にすることはないぞ。わたしも二人と一度じっくりと話をしてみたかったものでな」


 確かに透子さんは毎日、授業が終わるとすぐに帰ってしまう。せっかく仲良くなったんだから、たまにはたくさんお話ししてみたい。珠希さんと二人頷き合うと、透子さんは嬉しそうな顔をしてケケっと笑うと、大きなリュックを背負って帰っていった。



 ◆



 そして、土曜日の朝。私と珠希さんは学校の正門前で並んで迎えを待っていた。白い車が時間通りにやってきて、目の前に止まった。


 ボンネットの上についているマークに、思わずドキリとする。車には詳しくない私でも知っている超高級車の登場に、靴の裏に泥はついてないかしらとこっそり確認する。こんな車に乗るのは初めてだから、後部座席の窓が開いて透子さんが顔を出しても、まだ緊張が解けなかった。


「ふたりとも、待たせたのー!」


「あれ? 今日はあの車じゃないんだね?」


「ああ、あの車では入れないところなのだよ。狭くて申し訳ないが、しばらく我慢してくれたまえよ」


 二人が言うあの車って何かしら? 普段はもっと大きな車に乗ってきているってこと? 仲良くはさせてもらっているけれど、透子さんのことに関しては、知らないことの方が多いかもしれない。


 透子さんが助手席に乗り換えて、私たち二人は後部座席へ。狭いとは言われたけど全然そんなこともなく、乗り心地はびっくりするほどよかった。そして、学校から車で四十分ほど山道を走って着いたのは、木々の間に佇むとっても可愛らしいお屋敷だ。


「わあ、可愛い!」


「ほんと! 可愛いわね!」


 白い壁に、水色の三角屋根。そのてっぺんで風見鶏がくるくると動いている。まるで映画か、おとぎ話に出てくるお家のよう。綺麗に整えられて、色とりどりのお花が揺れる広いお庭には、小さいけれど噴水もある。こんなところに住んでいるなんて、本当にお嬢様だったのね。


「すごく大きなお家に住んでるのね」


「ん? そうか? 白いから多少膨らんで見えるのかもしれんの。それに普段からここに住んでいるわけではないぞ。ここは何歳かの時の誕生日プレゼントにと両親からもらったわたし専用の隠れ家、要するに小屋みたいなものでな」


 けろりとした顔の透子さんが装飾の綺麗な玄関ドアを押したのに続いて中に入ると、目の前には濃紺のメイド服を着た女性が二人立っていた。げ、現実に存在するのね。背筋が引っ張られたみたいに伸びてしまう。


「透子お嬢様、おかえりなさいませ。ご友人方も、ようこそいらっしゃいました」


「あああ、こちらこそお邪魔いたします!」


 丁寧に頭を下げられたので慌てて返すと、にこりと微笑まれた。まだお二人ともお若く見えるのに、なんて品のいい。こう言う人になりたいものだと思う。


 慌てていた私と違って、珠希さんは落ち着き払った様子。「今日はお世話になります」と丁寧に頭を下げている。意外と度胸が座っているのね。


「ただいま。わざわざ山奥まで来てもらってすまんの。準備の方はもう済んでいるかね?」


「はい。二階の奥のお部屋にご用意しております。先に選ばれますか?」


「どうもありがとう。そうだな、そうしようかの。それが済んでから昼食だな。あとはわたしが案内するから、さがってもらっていてよいぞ」


「かしこまりました」


 準備……? 選ぶ……? 何かしら? 抽選会でのことを思い出すと、透子さんの『準備』という言葉にはちょっと身構えてしまう。正直なことを言うと、ちょっと怖い。


『必ず手ぶらで来たまえよ! 必ずだ! 全力でおもてなしをするぞ!!』


 そう何度も念を押されていたので、洗面道具と着替えだけを持ってお邪魔した。でも、手土産の一つも持ってこないで本当に良かったかしら? と、メイドさん以外にもいるはずの人を探してキョロキョロする。


「よしのちゃん? どうしたのかね?」


「あの、ご両親に、ご挨拶をと思って」


「ああ、両親は……君たちにぜひ会いたいので、時間があれば顔を出すとは言っておったが、なにぶん忙しい時期なものでな。あまり期待はしないでくれたまえよ」


 透子さんはケケっと笑う。そう言えば、ここは透子さん専用の家だと言っていたことを思い出す。靴を脱ぐように言われて、スリッパに履き替えてからあたりを見回すと、外壁と同じく、内装も家具も白で統一されている。


窓がたくさんあって、明るくて声が反響する広い玄関ホール、緩やかなカーブを描く階段。見上げれば、吹き抜けに吊るされたシャンデリアが、陽の光を受けてキラキラと輝いていた。奥まで続く廊下には、ドアがいくつか並んでいるのが見える。左手の窓のむこうにはプールが……。


 えーっと。


 今見えてる範囲だけでも、私の実家の倍くらいはありそうな気がする。さっき『小屋』だって言ってたけど……いったいどう言うことなのでしょうか? そもそも、誕生日プレゼントに、お人形のお家じゃなくて本物の家を親から与えられるなんて。頭が痛くなってきて、こめかみを揉んだ。


 本当は、テレビや漫画しか見たことがないような素敵なお家に、はしゃぎ回りたい気持ちもあるんだけれど、小学生じゃあるまいし。珠希さんの反応を見て、どうするか決めようかしら? とチラッと横を見る。


「洋風のお家って素敵だね。それに、プールがあっていいなあ。うちには池ならあるんだけど。錦鯉がいっぱいいて、近寄るとうじゃうじゃって寄ってきて。かわいいんだよね」


 珠希さんはパッと笑う。確かに鯉は寄ってくるわよね。意外とお利口さんなのかしら? いや、待って。違うわ。思うことはそれだけなの?


 もっとこう、広いーとか、メイドさんがいるーとか。そう言うあれはないのかしら?


 首を傾げていると、珠希さんと透子さんが、錦鯉の話で盛り上がっている。えっと、池があって錦鯉がうじゃうじゃいる実家って……もしかして、珠希さんあなたも実はあちら側なのと、私はじいっと考え込んだ。


 そう言えば、珠希さんはあまり実家のことを話題には出さないけれど、代々魔術師のお家なんだとって前にちらりと言っていた気がする。そして、そう言うお家の子にはいわゆる『お嬢様』が多いんだったかしらね……。


 お魚といえば小さい水槽で、お祭りですくってきた金魚くらいなら飼ったことがあるけれど……私はそんなごく普通の家庭に生まれ育った身。お嬢様と呼ばれるような人たちとは、そもそも住む世界の違うのだということを思い知らされ、黙って頭を揉み続けるしかなかった。

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