第53話 いざ、抽選会!

 月曜日の朝。病み上がりの身ではあるが、スッキリと目覚めた。念のために検温するが平熱。熱が下がってから丸一日以上は経っているので、今日は登校できそうだ。


 いつものように紺野先生を起こし、朝食を食べに雪寮へ行く。帰ってきて身支度を終わらせると、今日は紺野先生と一緒に『男子寮』を出た。


 見上げれば今日も抜けるような青空が広がり、カンカンと日差しが照りつける。寮から学校までの二百メートルほどの並木道では相変わらずセミが大合唱していた。その声に耳を潰されそうになりながら学校まで歩くだけで、全身から汗が噴き出すほどの暑さだ。紺野先生とは昇降口前で別れ、俺は校内に入った。


 冷房が効いている教室に入ると、生き返るようだった。あたりを見回せば、やはり試験明けということもありだいぶ空気は緩んでいる。結果が返って来れば、また悲喜こもごもになるといったところか。


 席について鞄を机の上に置く。中身を机の中に移し替えつつ右隣の席に目をやるが、本城さんはまだ来ていない。左隣の席では、クラスメイトたちが肝試しの話で盛り上がっていた。


「先輩たち、金曜からさっそく準備してるらしいよ」


「ああ、特別棟とか実習棟の部屋、あちこち立ち入り禁止の張り紙してるもんね」


「私、お化け屋敷大好きやから、めっちゃ楽しみ!」


 夏休みまではあと三週間。来週の月曜までは通常通りの授業で、その後は三日間、夕方から夜にかけて寮ごとに夕涼み会と肝試し大会が開かれる。俺が所属する雪寮は最終日。ちなみに毎年、最終日には他の寮の時にはやらない特別な演出をするらしい。


 ……特別な演出ありの肝試しなんて、どうせロクでもないに決まっている。初っ端からなんという年に当たってしまったんだろう。ため息をつき、頬杖もつく。


 思えば紺野先生も、俺が倒れなければきっとこの土日から本格的に準備をしていたのだろうな。なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。


「香坂くんおはよう。もう学校に来ても大丈夫なのかしら?」


 森戸さんと本城さんが来た。森戸さんは最近は暑いからと長い髪を後ろで一つにまとめている。本城さんも少し伸びた髪の上半分だけを結び、白い髪飾りをつけている。かわいい。


「おかげさまで。もともと丈夫なことだけが取り柄だしな」


「よかったわ。香坂くんがいないと張り合いがないもの」


「意地悪する相手がいないからつまらない、の間違いじゃないのか」


「そうとも言うわね」


 森戸さんは俺に向かってぺろりと舌を出してから笑い、本城さんの席の前に立つ。


「あ、本城さん。お見舞いありがとう。おいしかったよ」


「えへへ、どういたしまして」


「それに、プリン食べたくてたまらなかったから、嬉しかった」


「え? あ、う、うん。当てちゃったなんてびっくりだよ」


 本城さんは、なぜかこちらに目を合わせることなく早口でそう言うと、なぜかそのまま俺に背を向けてしまった。何か余計なことを言ってしまったのかもしれないな。気まずくなったので前方に目線を移すと、またもや森戸さんがニタニタと笑っている。


「んふふ、いいわね」


「……淑乃ちゃん?」


 本城さんが森戸さんに低い声で呼びかける。なんだか牽制しているようにも思えるが、いったいどうしてだろうか?


 そして透子はいつも通り、少し遅めの時間にやってきた。なぜか、持ってきていたのは肩掛けの通学鞄だけではない。その小さな背中には不釣り合いな、巨大なリュックを背負っていた。


 こんなものを持って歩くのは、海外をさすらうときか、どこかの大陸の最高峰を狙うときくらいなものなのでは……一応ことわっておくが、ここは学校の教室だ。


 本城さんと森戸さんの三人で、透子のところに向かった。普段の常人外れな様子を振り返るに、中身を聞くだけ野暮な気もしたが、気にはなる。透子はリュックに釘付けになっている俺たちを順に見て、ニタリと笑う。


「なあ、透子。なんだそれ」


 リュックは、小柄な女子なら膝を折れば入れそうなサイズだ。パンパンに膨らんでいると言うわけではないが、一箇所が妙に出っ張って……どうも、長いものが入っているようだ。おいおい、なにか物騒なものじゃないだろうな。どうしても、ライフルだとか刀剣といった凶器的なものが頭に浮かび、思わず唾を飲んだ。


「ケケケ。よくぞ聞いてくれたな、たまきくん。これは今日の公開抽選会に備えた装備なんでござるよ」


「念のために言っておくが、抽選会はあくまでも抽選をする会であって、殺し合いをする集いとかじゃないぞ」


「わかってはおるが、絶対に負けられない戦いがそこにあるというやつに決まっているではないか。そのくらい察してくれたまえよ」


 妖しく光るラムネ色の瞳は相変わらず濁りきっている。思い詰めるあまりに、何か事件を起こす気でなければいいが……と思わずにはいられなかった。



 ◆



 昼休み。公開抽選会を見届けるため、俺と本城さん、森戸さんの三人は昼食をさっさと腹の中に詰め込み、大講義室へと向かった。


 教室棟の端にある大講義室は、この学校の一学年八十人を収めてもまだかなり余裕のある広さ。もしかすると二学年くらいは入れるのではないだろうか。床には緩やかな傾斜がついており、ひな壇のように座席が並ぶ。こんな教室は中学の時にはなかったので、初めて立ち入った時には驚いたものだ。


 講義室の前方は、くじを引くのを待っているらしい学生で埋まっていたが、そこに透子の姿はない。とりあえず階段を少し降り、中ほどの席に三人並んで着席した。


 壇上を見るとそれぞれの寮の役員が並んでおり、学生が棒で作られたくじを引いていた。目を凝らすとその先は赤色に塗られている。


「赤ですね、三年二組の若槻さんは花寮で」


 黒板を見れば、どの寮の枠がどれだけ残っているのかが一目瞭然だった。なるほど。棒の先が赤だと花、黄色だと月、青だと雪なんだな。まだ雪を引いた人はいないらしく、空欄になっている。


「三年生が引いてるってことは、くじを引く順はランダムなのね」


「みたいだな」


 そのほかも名前を呼ばれた学生が壇上に上がり、くじを引いていく。雪寮の枠がいくつか埋まったが、それでも透子はまだ現れない。


「次は、一年四組の四宮さん。あれ? 四宮さん、いませんか?」


「透子ちゃんの番だね」


「くじを引く本人がいなくてどうするんだよ」


 入り口がある後方を振り返っても、やはり透子の姿は見えない。そういえば鈴の音が近づいている気がする。最初は幻聴かと思ったが、周りにいる観覧の学生も「鈴?」と言いながらキョロキョロしだした。


「たのもう!!!」


 聞き覚えのある声にもう一度振り向いた。大講義室の最上段。ド派手なドレスをまとった……いや待てよ? いや、たぶんドレスじゃない。


「なんだあれ!?」


 四宮シャーリー透子は珍妙ないでたちで姿を現した。


 制服の上にローブを羽織っているが、それはまるでステンドグラスのようにカラフルな色合いだ。あと、手には何か長いものを持っている。


 透子は優雅な足取りで階段を降りてくる。するとようやく鮮やかな色彩の正体がわかった。ローブには大小や、色も様々なお守りがびっしりと縫い付けられている。そのうえ右手には、ある種の神社で授けてもらえる、『商売繁盛』『家内安全』と書かれた札、耳たぶの大きい神様と米俵、鯛、小判があしらわれたド派手な熊手が握り締められていた。


 呆気に取られていると、透子は俺たちの横で立ち止まった。


「ケーッケッケッケ。見よ。これが四宮家の総力を結集し、全国、ひいては世界中から集めた、霊験あらたかと言われるお守りたちだ! これだけあればサンジュウサンテンサンサンサン以下略も、百パーセントに限りなく近いものになるというものであろう! わたしは必ず青い棒を引いてみせる!!!」


 そう言い放ち手に持った熊手で壇上を指さすと、ケタケタケタと高笑いを響かせた。突然の乱入者。いや、まあ、呼ばれたから出てきたわけではあるんだが……事件発生といってもいいかもしれない。


 時が止まってしまったように、もう誰も反応ができなくなっているが、透子はそんなことはおかまいなしだ。静まり返った空間を裂くように、チリンチリンと愉快な音を鳴らしながら、しゃなりしゃなりと階段を降りていく。


「そっちか! そっちにマネーの力を使ったのか!!」


 我に返った俺の叫びを背に、階段を一番下まで降り切ったエキセントリック綿菓子。それを合図にしたように、透子の周りに学生がわらわら集いだす。俺たちも釣られるように下へ降りていった。


「すごいね! こんなかわいいお守りがあるんだ、どこで買えるの?」


 両腕には色とりどりのレースのブレスレットが巻かれている。お守りといえば袋の中に何かが入っているようなものか、お札のようなものしかないと思っていた。これもお守りなのかと驚いた。本城さんも興味を示しているようだったので、よく覚えておくことにした。


「スイカの形のお守り! 苺や栗もある!」


 ローブにぶら下がっているのは、オーソドックスな見た目のものが大半であるが、背中の一角はまるで果物畑だ。果物をかたどったお守りがこんなにあるんだなと感心する。そしてやはりガラス玉のようなものだったり、刺繍が鮮やかで綺麗だったり、レースが使われているようなものは女子の気を強く引いているようだ。森戸さんも目を輝かせていた。


「……ねえ、大丈夫なのこれ、危ないやつじゃないよね?」


 また別の学生は首に引っかかっていた、動物の牙のようなものが鎖にいくつもぶら下がっているアイテムを、おそるおそると言った様子でつまみ上げる。俺の感覚で言うと失礼ながら呪いのアイテムというか、おどろおどろしいもののように見えるが、どこの国のものだろう……なんとか条約に引っかかるようなやつでなければいいが。


 そして、俺の目に止まったのは、ハートをくわえた白い鳥があしらわれたピンクのお守り。金の刺繍で書かれている文字に唇が引きつった。


「『安産祈願』って。お前は何を産むつもりなんだ」


 念のために透子の腹部に注目をするが、もちろん平らなままだ。それにさっきから思っていたが、霊験あらたかなら効果効能はなんでもいいのか? 専門外のことに呼びつけられた神様たちは、さぞかし困惑していることだろうと、思わず高い天井を仰いだ。


 ……て言うか、調子に乗ってると、きっとバチが当たるぞ透子。


「じ、じゃあ、一年四組の四宮さん。くじを引いてね」


「御意」


 役員の先輩にうながされて、鈴の音をさせながら壇上に上がった透子は、くじが入っている箱の上に手をかざすと目を閉じた。念を込めているのか。蝶が花から花に飛ぶような優雅な仕草で、細い指で一本一本のくじに触れていく。魔術を使っているような仕草に見えた。


 格好が変なのが全く気にならないくらい、その姿は妙に綺麗で……どこか神々しい雰囲気をまとっている。その姿はまるで、授業の時に資料映像で見た『大魔術師』と呼ばれる人のようだ。透子の家は、優秀な魔術師を数多く輩出する有名な家だと聞くから、流れる血がそうさせるのか。


 全員が息を呑み見守る中、やがて一本の棒の上で指が止まり、透子はカッと目を開いた。



「いざ!!」



 …………鬨の声。透子は棒を勢いよく箱から引き抜いた。




 さて、棒の先は何色か…………!?

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