女子が三人寄れば・2
メイドさんたちが奥に下がって行ったのを確認して、透子さんにさっきから気になっていたことを尋ねてみた。
「透子さん、さっきお話ししていた、準備って……なにかしら?」
「ああ。そうだそうだ。二人とも、ついてきてくれるかの?」
ポンと手を叩いた透子さんに続いて、目の前にある階段を上がる。二階の内装も白と水色でまとめられていて、金色のドアノブがついた白いドアが三つほど。こっちこっちと手招きされ、一番奥にある部屋へと通された。
そこにはハンガーラック四台と、二台の大きなテーブルがあって、所狭しと水着が並んでいた。どうやって部屋に入れたのか、大きな姿見や試着室まで用意されていて、まるで専門店のよう。状況を飲み込むのに時間がかかっていると、先に珠希さんが声を上げた。
「わあ。すごいね、お店みたい」
「……と、透子さん。これは?」
「せっかくだから庭のプールで水遊びでもと。だから、ここから好きな水着を選んでくれたまえよ……ああ、心配せずとも全て新品だからな」
透子さんは、私たちの好みがわからないので適当に持ってきてもらった、と言うようなことをケケッと笑いながら話す。これにはさすがの珠希さんも目を丸くしていて、私も驚きで顎が外れそうになった。
「え」
「ほ、ほんとにいいの?」
「構わんよ。水着を用意しろと言わなかったのはこちらだ。君たち好みのものがあれば良いが。さあてと、わたしもこの際だから、ついでに水着を新調しようかの」
透子さんは瞳を輝かせると、ピョンピョンとハンガーラックの方に向かい、さっそく水着を手に取った。これだけあるなら、お気に入りを見つけられない方が難しいかもしれないけれど。本当にいいのかしら。
同じことを考えているのか、丸い目の珠希さんと二人で顔を見合わせる。
「おいおい二人とも、何を見つめあって固まっておるのかね。昼食の時間までに決めてもらわないと困るぞ。それとも、わたしが似合いそうなものを見繕った方がよいかね?」
なかなか動けないでいる私たちに、透子さんは、ほれ、ほれと言いながらいくつも水着を押し付けてくる。
「じ、じゃあ……」
「遠慮なく……」
おそるおそる口を開いた私たちを見て、透子さんはとても嬉しそうな笑顔を咲かせた。
◆
思えば、一年ぶりの感触。日差しに火照った肌が一気に冷えていく。水の中をくぐるのはすごく気持ちが良くて、このままお魚になりたいわ、といつも思ってしまう。
「あー、泳ぐのはやっぱり好きだわ。どうして学校には水泳の授業がないのかしら」
「そう言えばそうだよね、私は泳げないから嬉しいけど」
「よしのちゃんは泳ぎが上手くて羨ましいの。まるで人魚みたいだ。我々は波間に
「だね」
珠希さんと透子さんは顔を見合わせ、クスッと笑う。二人揃って泳げないらしく、並んで浮き輪につかまってぷかぷかと浮いている。なんというか、確かにクラゲのように見えなくもないわね。
昼ごはんの後は『水遊び』の時間。中庭のプールは、屋根までちゃんとあって、軽く泳ぐには十分な深さと広さだった。プールサイドに立てられたパラソルの下には、白いビーチチェアが並ぶ。こんなものがお家にあるなんて夢みたいだわと、私は夏の日差しにきらめく水面を見つめていた。
「淑乃ちゃん、その水着すごくいいと思う。やっぱり大人っぽいのが似合うんだね」
「うむ。シンプルなデザインが素材の良さを引き立てると言うやつだな。わたしはどうにもうるさいものを選びがちだが、いつかはそう言う雰囲気のものも着こなせるようになりたいものだの。ああ、たまきちゃんも可愛いぞ。まっことピンクがよく似合う」
「どうも。二人ともすごく可愛いわよ」
たくさんあったからいろいろ迷ったけれど、わたしが最後に選んだのは紺色のワンピース。背中にリボンはついているけど、そのほかには目立った飾りがない。透子さんには地味すぎないかと言われたけど、私は何でもシンプルなものが好き。
珠希さんは可愛らしいものをいくつも並べて唸っていたけど、ピンクのチェック柄のビキニに決めていた。ふわっとしたデザインで、胸のところの編み上げとスカートがすごく可愛い。本当によく似合ってる。
うーん、これを香坂くんが見たらどんな顔するかしらと、また悪だくみが頭をよぎる。
そして、『おかしいな、サイズが合うものがなかなかないぞ』と胸を押さえながらため息をついていた透子さんは、白と水色のワンピース。リボンが大小たくさん付いている。このお家も外観や調度品もそうだし、きっと彼女は白と水色がすごく好きなのね。
「ねえ。写真撮りましょ」
プールから上がってスマホを取り出すと、浮き輪につかまったまま水を掛けあって笑う二人に声をかけた。ちょうどメイドさんが飲み物を持ってきてくれたので、プールサイドで撮影会とあいなった。お互いに撮り合いっこして、メイドさんにお願いして三人でも。
それに飽きたらまたプールに入って、水鉄砲で撃ち合いして大はしゃぎしたり、二人に泳ぎを教えてみたり。相変わらずクラゲのままに終わったけど、三人で大笑いして、肌がふやけきるまで楽しんだ。
◆
夜。お風呂をいただいてから、三人並んで寝られる巨大なベッドが置かれたベッドルームに入ると、一番風呂に入った珠希さんがドライヤー片手に待っていた。促されるままにドレッサーの椅子に座ると、頭に巻いていたタオルを解いて、髪を乾かし始めてくれる。
「晩ごはん、美味しかったね」
「そうね。あんなご馳走はじめて食べたかもしれないわ」
お昼ご飯は洋食のコース、晩ご飯は和食のコース。間には三段重ねのティーセット……アフタヌーンティーって言ったかしら? とにかく、初めて遭遇するものばかり。そういうものを頂くときのマナーを知らなかったし、珠希さんが全く平気そうなことでさらに追い詰められ、全ての場面で凍りついてしまったけれど。
「わたしと同じようにすればよいぞ。どうせ三人きりなのだ、かしこまることなどない。わからないことは教えよう」
内心冷や汗をかく私に、透子さんはそう言うと微笑んだ。普段の不可思議な様子からは想像もできない美しい所作は、真似をしたくても難しかったし、女の子相手にドキドキしてしまった。ギャップにときめいたのかしら?
そんなことを考えているうちに髪はすっかり乾いて、ドライヤーのスイッチを切った珠希さん。ドレッサーの上に置いた自分のポーチから櫛を取り出した。その拍子にポーチが転んで、綺麗な細工が施されたコンパクトが中から姿を見せる。
「あと、お風呂、すごく可愛かったね」
「ええ。猫足のバスタブを実際に見る日が来るとは思わなかったわ。入り方がわからなくてちょっと焦っちゃったけど」
「ああいうタイプのお風呂って私も経験なかったから焦ったよ」
珠希さんがわたしの髪を乾かしてくれるのは、寮にいる時と同じ。申し訳ないから思い切って彼女くらいの長さに切ろうかと思いながらも、言い出すたびに「これは私の趣味だから」と毎回止められて今に至る。今日も仕上げにと丁寧に木の櫛を通してくれる。
「えへへ、できたよ」
「ありがとう、いつもごめんなさいね」
「ううん、これは私の趣味だから」
珠希さんはいつものセリフを言うと、ドライヤーのコードをまとめて、ポーチの横に置いた。
「珠希さん、その鏡? すっごく綺麗な細工ね」
「あっ! なんていうのかな、工芸品、みたいな感じ? 実家がね、なんかそういう系で」
珠希さんは櫛と鏡をサッとポーチにしまうと、えへへと笑った。ぜひ近くで見せてもらいたいなと思っていたんだけど、人には触らせたくないものなのかもしれない。木の櫛といい、彼女の持ち物は質が良さそうなものばかりな気がする。やっぱりお嬢様に違いないんだろう。
「二人ともよく似合うぞ! サイズもぴったりだな!」
振り向けば、お風呂を終えて戻ってきた透子さんが、私たちの姿を見て満足げに笑っていた。髪は既に乾いている。メイドさんが乾かしてくれたのだろうか。透子さんはスカートの裾を揺らしながらやってくる。
私と珠希さんが今着ているのは、目の前の透子さんと同じ、リボンやフリルがあしらわれた部屋着というか、これはいわゆるネグリジェと言うものかしら? 歩くたびにたっぷりとしたスカートが揺れて、まるで小さい頃に憧れた絵本の中のお姫様みたい。
これも三人、色違いのお揃いで用意されていた。私が藤色、珠希さんがピンク、透子さんは水色だ。今日初めて見た透子さんの私服も、レースやフリルがついた白のワンピースだったし、水着も大きなリボンがたくさんついているものだった。きっとこんな感じの可愛らしいファッションが好みなのだろう。とっても似合っているけれど、ちょっと意外に思う。
私はスカートは履かないし、私服もシンプルなものが好き。可愛いとは思うんだけど、こういう系統の洋服とは無縁で、目の前の姿見に映る自分の姿がちょっと恥ずかしかった。
「あら? 透子さん、そういえば眼鏡は?」
「ほんとだ。透子ちゃん、見えてる?」
よく見れば、透子さんはトレードマークの丸眼鏡をかけていない。珠希さんが透子さんの目の前で手をパタパタと横に振った。
「アレ、実は伊達眼鏡での」
「「えっ!!」」
…………なんと、衝撃の事実が発覚。
「うーん。ハッタリというやつか? 四宮の名前を背負っている手前、本来の自分を隠し、品行方正な優等生を演じなければならないからな。優等生というものに眼鏡は欠かせんだろう。何事も形から入るのは重要なことだ」
裸眼でも視力表の一番下までちゃんと見えるんだとか。でも、本来の姿は隠しているとは言うけれど……品行? 方正? 首が勝手に横に曲がっていく。
ふと、香坂くんにまとわりついては、割と雑に追い払われているいつもの光景が目に浮かんだ。そして先日の抽選会のあの衣装。
あの日の夜、役員の先輩たちが談話スペースで透子さんの話をしていた。聞き耳を立てれば、『びっくりした』『才能がある』『お化け側に回ったのを見られないのが非常に残念』『肝試しでも逆に驚かされるんじゃ』って笑ってたっけ。
…………もしかして本来の姿とやらは、また別にあるのかしら? もう何を見ても驚かないけれど。
私がそんなことを考えていることなんて知るはずもない透子さんは、ベッドの上であぐらをかいて得意げに腕を組む。その姿はまるでおじさんのよう。かわいい服を着て、綺麗な顔をしているから、かなりミスマッチだった。
その時、ドアをノックする音。透子さんが声を上げると、メイドさんがワゴンを押して入ってきた。乗っているのは、グラスと大きなガラスのピッチャー、氷入れ。中身はアイスティーかしら?
「お注ぎしますか?」
「自分でやるから大丈夫だ。どうもありがとう」
メイドさんがこちらに一礼して去っていくと、透子さんは待ってましたと言わんばかりに、ニヤリと笑った。
「さあて? 今夜はとことん語りあおうじゃないか」
そう、まだ夜は始まったばかりだ。
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