第36話 探査
もしかして、本城さんの実家は娘が行方不明になったと聞いても、探す気なんかないってことか?それとも、なんらかの理由で、もう彼女に関するものは何も残ってなくて、探したくても探せないとか?
……もしかして、どちらも?そんなまさか。
そんな嫌すぎる想像に、帰省の話題の時に何も言わなかった彼女が重なり、胸騒ぎがしてくる。誰にも見つけてもらえず、ひとりで怖い思いをしているに違いないと思うと……。
「見つけないと」
口に出したそのとき、コンパスの針がぐるぐると回りだした。この針は普通の方位磁針と違って、魔力をかけないと一切動かないはずなのに。
まさか俺は、また、
紺野先生にあれだけ言われていたのに、またやらかしてしまった。でも、自分では何がどうなっているのかよく分からない。突然のことに困惑している上に、回る針を目で追っているので目が回りそうだ。
ふと思った。待てよ?もしかしたら、探せてしまうでは。ここには媒介もなければ、彼女と俺には強いつながりなんてものもない。その上、俺には魔術の腕もない。でも、万が一にも可能性があるなら。俺は、目を閉じて本城さんの姿を強く念じてみた。
……大変申し訳ないことに、真っ先に浮かんだのは今朝の食堂で見た彼女の足と首筋だった。やはりあの光景は俺の脳に強く深く刻み付けられていたわけだ。本当にごめん、本城さん……しだいに顔が熱くなってきたが、頑張って雑念を払った。
いや、今、頭に思い浮かべている光景は、雑念そのものと言っても過言ではないが。
媒介なしの探査は、相当の手練れでないとできないといわれている技。できるはずがないが……薄く目を開くと、針が
今のは、先ほど紺野先生が言っていた方角はではない。こちらに向かって歩いているとすると、現在の居場所としてはちょっと不自然な方角になる。仮にバスに乗り遅れてすぐに歩き出したなら、すでに二時間以上歩いていることになる。学校の近くまではたどり着いているかもしれないが、これだと居場所は森の中ということになってしまうからだ。
でも、方向は分かったとしても、距離がわからなければどうしようもない。そもそもあの針は本当に本城さんの居場所をちゃんと指していたのかもわからない。
……それなのに気がつくと、パジャマから着替えて校内の案内図と地図、コンパスとスマホを持って寮から飛び出していた。できたような気がした。いや、そうであって欲しいという願いか。とにかく、いてもたってもいられない。
それに、真面目そうな彼女ならきっとこちらに向かってはいるはず、そう思わずにはいられなかった。しかし俺は本城さんのことを何も知らない、だから、根拠なんかない。
それに俺は、何かあっても魔術でなんとかしようと考えてはいけない、すでに門限の時間は過ぎているから外に出てはいけない。紺野先生からの二つの言いつけをビリビリに破っている。我ながら無鉄砲が過ぎるし、後に大変なことになるかもしれない。でも、構わず夜道を駆けた。
横目に見る夜の学校は、外灯に照らされて、違ったものに見える。今走っている道も、何度も通ったことがあるはずなのに、全く別の場所のように思えた。
とりあえず校門を目指すことにしたが、前方に懐中電灯を持った先輩がいるのを見つけて、思わず植え込みの陰に飛び込んで身を縮め、息を殺す。
そういえば、俺の校内での知名度がどの程度かは知らないが、校内をうろつく不審な男性として、警備や警察へ通報をされる可能性があることに思い至る。いくらなんでも考えなしだったか。しかし、そうも言ってはいられない。俺は、本城さんを見つけたい。
その場でスマホの明かりを手がかりに校内の案内図を広げた。少しだけ植え込みから顔を出して目を凝らし、視界に入る建物を確認する。もう一度隠れ、昨日の体育の授業のことも思い出しながら、自分の今いる位置に見当をつけ、次の出方を考える。
先輩たちがうろうろしているならば敷地内道路には出ない方がいい。正門も通れないな……案内図を指でなぞっていく。ここから植え込みの陰を真っ直ぐ進み、塀を乗り越えて校外に出て、先ほどコンパスが指した方角へ進むことを選んだ。
よし、と小さく声に出すと、地図とスマホをズボンのポケットに入れた。パーカーのファスナーを閉じ、少しでも闇に紛れようとフードをかぶる。なんだか忍者にでもなった気分で、できるだけ音を立てないように、急いで進んだ。
しばらく走った俺は敷地を囲む塀の前にたどり着いたが、思ったより高さがあった。幸い防犯カメラなどは見当たらないものの、高さと構造のせいでそのままよじ登ろうとしてもうまくいかない。
昨日みたいに魔術を使って飛べれば……と思ったが、俺は方法を忘れてしまっている。物は試しとあの時のように目を閉じて、『飛べ』と念じてみても、特に何も起こらない。
……そう言えば、魔術を使えば『反応』とやらが出るんだ。そう言えば、昨日もそれでたどられてしまっている。やっぱり腕力でなんとかした方がよさそうだ。
うーん、何かいい方法はないかと思い左右を見渡す。すると左手に、塀に沿うように生える大きな木を見つけたので駆け寄った。幹の手触りにはなんとなく覚えがある。よし、これならいけると頷いた。
俺にとっては木登りなんて朝飯前、何度も言うが田舎育ちだからだ。最近は受験勉強でご無沙汰だったが、腕は全く衰えていなかった。枝に手をかけ、幹を登る。
塀の高さを超えたところで、塀の上に飛び移る。できるだけ身を縮め、左右と足許を確認して地面に飛び降りた。道路を渡り、コンパスの指していた方向を目指すべく、目の前の森に入った。
月明かりがあるのと、右手のほうにあるバス道の外灯の明かりをわずかに拾っているため、真っ暗闇というほどでもない。しかし、やはりスマホの明かりがないと歩くには心もとない暗さだ。
木々の隙間に膝の高さほどの草が生い茂っている。それをがさがさとかき分けて歩く。こんなところを歩くのに慣れているのも、昔取った杵柄というやつだ。小さい頃から遊び場にしていた実家の裏山は、ひたすらこんな感じで……田舎育ちで良かったと、ここに来て初めて思ったかもしれない。
しばらく歩いて、少し草の少ないところに出た。しゃがみ込んで、地面に地図を広げ確認する。たぶんこちらで方角は合ってはいるが、おそらくこの先しばらくはこんな感じだ。
やはり、あれは何かの間違いか、方角はこっちでも、もっとずっと遠くに……やはり、無理だったか。その時だった。
左手で何かが動いた気がした。慌てて明かりを消す。動物か?地図をゆっくり畳みながら、再び息を殺す。しばらくして、目が慣れて、草木の輪郭がうっすらと浮かび上がった。立ち上がり、一歩踏み出す。また一歩。するとまたがさっと何かが動いた。
目を凝らし、耳を澄ませる。人間の息づかいが聞こえて、そして。
「いや、こないで、おねがい。やめて」
……うそだろ、本当にいた。
これは、間違いなく本城さんの声だ。目を凝らせば、少し小さな人影がそこにあった。しかし向こうからは俺の姿が見えないのか、どうも変質者か何かだと思われ、怯えられているらしい。
「本城さん、俺だよ。香坂環だよ」
「こ、香坂くん!?」
……よかった。音を立てることを構わず歩み寄り、彼女の向かいにしゃがむ。がさっと草が揺れる音がした。
「えへへ、ちょ、ちょっと、道に、迷っちゃって」
近寄っても、暗がりで表情はよくわからない。とりあえず、いつもの調子で発せられた声には聞こえたが、道に迷ったとは?
……そもそも、本城さんはどうして、こんなところにいるのだろう?
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