第42話 打ち明けられる。

 俺が何も言えないでいると、すうっと息を吸い込む音に続いて、本城さんがゆっくり息を吐くように話し出した。


「……どうしてなのかは、教えられないけれど、私は。探したくても探せないって、先生たち言ってなかった?」


「確かに、探査できないって言ってた」


 持ち物が、ここに入った時に買い揃えられたらしき新品ばかり。だから媒介にするには結びつきが弱すぎて、と紺野先生が言っていた。それがどうしてなのかを考えたら、とんでもなく嫌な予感がしたのだ。


「探査を専門としてる人でもかなり難しいかも。そうでなくても、ここにある私の持ち物はおそらくまだ媒介になりえないし。昔から持ってたものは、ほとんど全部、捨てられちゃったしね」


 専門の人でも難しいというのに、なぜ、俺には見つけられたのか。それに、それに……さらに心の中のざわめきが大きくなる。あの嫌な推測はあながち間違いでもなかったのかもしれない。


『彼女はね……ちょっと特殊、と言うか』


 紺野先生はそう言っていた。いたって普通そうで、真面目そうで、人が良さそうな彼女のどこが特殊なんだと。しかし、ゆっくりと横に目をやれば、俺を見つめる栗色の目が今はなんだかとても不思議な色に見える。まるで別の人のようだ。


「実は俺、本城さんのこと、探査っぽいことをして見つけたんだ。手順とか分からないから、完全に真似事だったんだけど、なんか、できちゃって」


 なぜか、先生たちにも言えなかったことをあっさりと口にしていた。それを聞いた本城さんは目を細める。あどけない、と言ってもいい印象だった彼女の顔が、急に大人の女の人のように見えた。鼓動が早くなる。


「うん。たぶんそうかなって思ってた」


 なぜ俺の話を聞いて驚かないのか。先生たちにすら、探査のようなものをことはおそらくバレてはいないというのに。


 本城さんには最初から全部わかっていたとでも言うのか。もう、何がなんだかわからない。彼女だって、魔術学校に入学したての一年生なのに。たまたま隣の席になった、気の良さそうな、かわいい女の子だと思っていた本城さん。


 彼女は、いったい、何者なんだろうか。


「私ね。の生まれなんだけど、とびきり出来が悪くって。落ちこぼれで、要らない子って感じだったんだよね。だから何があっても誰も助けてくれなくて。頭もあんまり良くないから、すぐつけ込まれちゃうし」


 本城さんはすっかりいつもの調子に戻っていて、時折えへへと笑いながら話しているが、内容は割ととんでもない気がする。相変わらず、心臓が激しく打つ。


「実は、もう実家の敷居をまたぐことは許されてないっていうか、そんな感じなんだ。きっかけはだったけど、実家がすごくお世話になってた男の人を大怪我させちゃったから」


 ちょっとしたこと。しかし、本城さんは口では笑っているのに、膝の上で握られた手も肩も震えている。その姿がなんだかすごく痛々しくて、どうにもできないとわかっているのに、手を伸ばしかけてしまう。


「暗いところだったから、一番怖かった時のことを、思い出しちゃって。ごめんね、香坂くんにはぜんぜん関係ないのに、ごめんなさい」


 語り終え、口を結んだ彼女の目からぽろりと涙が落ちるのが見えた。なんとなくだが、考えたくもない目に遭っていたのではないか? もういい本城さん。これ以上無理に開けなくていい。俺には拭ってあげられない。泣かせたくない。


「いい。いいんだ。謝らないで。よくわからないけど、俺がいることで辛いこと思い出させるようなら、もう関わらないから。なんて言うんだろう……笑ってて、欲しいから」


 必死すぎて、自分でも何を言っているかわからなかった。本城さんもぽかんとした顔で俺を見る。栗色の瞳は丸く開かれ、揺らめいていた。


「……怖いって言ってるくせに、訳がわからないって思われそうだけど。香坂くんはほんとにいい人だと思ってるし、二度も助けてくれたから、好きか、嫌いかで、って言われたら。好き、だよ」


「え」


 体温が、急に上がった気がした。


 話の流れからこれはそういう意味ではないというのはちゃんと、ちゃんと理解している。好きか嫌いかの二択、別に俺個人を恨んでいるわけではないとか、そういう意味なだけ。


「私なんかのことでも心配してくれて、探してくれて、来てくれたことが、嬉しい気持ちもちゃんとあって。そんなこと、初めてだったから。怖いとか言ったのに、ほんとめちゃくちゃだよね。なんか、自分でもよくわからなくて。ごめんなさい」


 耳が、くすぐったかった。本城さんはそんなつもりで言ったわけでもないだろうに、身体が勝手に茹で上がっていく。ベンチの端と端でなければ、心臓の音を聞かれてしまいそうだ。


 それに、生まれて初めて母親以外の。女の子に、どういう意味であろうと、潤んだ目で見られて、好き、と言われたことに、胸を高鳴らせるなだなんて、無理な話だろ







「タマタマーーーー!!」


「ぐえっ」


 どこからともなく現れた透子の腕に突然首を刈られるような形になり、背もたれのないベンチに座っていた俺は後ろにひっくり返ってしまう。あまりにも急で受け身も取れず、頭をしたたかに打って、目の前に星が散った。後ろが芝生じゃなかったら、死んでいたかもしれない。


 そのまま透子は俺の腹の上にまたがって、俺の頭をこねながらケタケタと笑っている。小柄な透子はびっくりするほど軽かったが、問題はそんなことではない。び、美少女に馬乗りになられるなんて、俺にはまだ早すぎる経験だ。


 透子が俺の上からぴょんと退いた後も、妙な動悸がなかなか治らない。なんでこいつにドキドキしてるんだ俺は。この綿菓子は一応女子だが、諸般の事情により別枠だと判定していたと言うのに。一生の不覚である。


「と、透子。お前どうしてこんなところに。そして俺を殺す気か。危うくお空の上の綺麗なところに行くところだったぞ」


 ようやく目の前から星が消えたので、ずきずきする頭をさすりながら起き上がると、透子は本城さんの隣にぴたりと寄り添っていた。長いスカートの裾を蹴るように、ばたばたとさせた足を止めることなく、こちらを振り返りまたもやケタケタと笑う。


「いんやー。今日は放課後珍しく暇だったものでな、迎えの時間を少しばかり遅らせてもらい、そこらをぷらぷらしていたのだよ。校内を探検というやつだな。さすがにこの国の誇る魔術学校というだけあって、設備は充実しまくっておる。ところでタマタマはここで二人で何をしておったのだ。あ、たまきちゃん今日は欠席していたがもう平気なのかね?」


 透子はかなりの早口で言うと、きょろりきょろりと俺と本城さんを交互に見る。迎えってことは、透子はここまで家の人に送り迎えをしてもらってるということなのか。


「透子ちゃんごめん、心配かけて。もう大丈夫。学用品をロッカーに入れるだけ入れにきたんだ。で、香坂くんと会ったから、ちょっと世間話」


「ほほう。世間話とはどのような? もしやこの間の温泉の話の続きか? ならば次の休みにでも皆で」


 ラムネ瓶の瞳は希望に満ち溢れたように、キラキラキラキラと輝い……いや、煌めいている。そういえば、透子が『タマタマとお風呂』なんて言ったからそういうことになったんだっけか。俺はさすがに遠慮したが、きっとみんなで楽しんでくることだろう。


「それね、私も次の休みにでも行きかったんだけど、一昨日、色々あって寮の門限破っちゃって。罰でしばらくの間、外出禁止になっちゃったんだ。ごめんね、透子ちゃん」


「ガーン!」


 透子は本城さんの胸に頭突きをするような格好で顔を埋め、その腕を伸ばして本城さんをしかと抱きしめた。綿菓子がふわふわ揺れて、『温泉〜』というくぐもった声が聞こえて来る。


「ごめんね、また今度ね」


 本城さんは、我が子を胸に抱くお母さんみたいな微笑みを浮かべている。彼女にすら遠慮のない透子が、少し羨ましいなと思いながら、抱きしめ合う二人を見つめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る