第63話 お嬢様とあそぼ
車のドアが開いたので、ゆっくりと降りる。ドアを開けてくれた人は運転手さんではなく、黒いスーツを着た男性だった。頭を下げ……ところでここはどこだ? 目に飛び込んできた光景に足がすくんだ。
目の前にあるのは、映画か何かでしか見ないような立派な洋館。西洋のお城と言われても納得しそうだ。呆然としていると、乗ってきた白い車が静かに走り去っていく。退路を絶たれた気分だ。
左手を見れば、訪問者を迎えるように丸や四角、アーチの形に整えられた木が並び、色とりどりの花が咲き乱れる美しい庭園がある。中心には噴水が鎮座し、水を絶えず噴き上げている。ギイ、という音が聞こえ振り向けば、校門よりも立派な門がひとりでに閉まるのが見えた。
……俺は悟った。ここは、限られたお金持ちしか立ち入ることを許されない場所に違いないと。思わず自分の服装を確認し、隣ですまし顔をしている綿菓子に話しかけた。
「あ、あのさ、透子。こう言うところって、ドレスコード? とかあるんじゃ。俺、あの」
「ん? 何を言っておるのかね? ここはわたしの家だぞ?」
「家!?!?!?!?」
さらりと冗談にしか聞こえないセリフが飛び出す。そびえ立つ建物を見上げつつ、頭はフル回転させた。いや待てこのサイズの建物が民家なわけがない。なんせ目の前にある入り口は、玄関と呼ぶにはあまりにも高さと横幅がありすぎるし、黒いスーツや詰襟を着た男性があちこちに立っている。ここはホテルか何かに決まっている。
さては、何も知らないド庶民を騙そうとしているな? じろっと見つめた先にいる透子は、得意げな笑顔を満面に浮かべていた。
「君を一度、我が家に招待してみたいと思っていたのだ。今日は楽しんでくれたまえよ」
「わがや……」
…………本当に家なのか? 理解を超えた状況に困惑していると透子に手を取られてしまい、そのまま引きずられるように前へと進んだ。自分より二回りは小さい女の子にエスコートされるなんて恥ずかしいが……こんな場所でのスマートな振る舞い方がわかるわけでもない。
よそのお宅にお邪魔するときのマナーのようなものは、もちろん母親から教えられている。しかし今は規格外の事態で、それをどう適用したらいいのか……なすすべもなくうなだれていると、目の前のドアが勝手に開いたのに驚く。自動ドアではなく、横に控えている男性が手で開けてくれたのだ。
もうこうなると予想できていたが、中にはメイドさんたちが控えていた。揃いの濃紺のワンピースに、白いシンプルなエプロンが映える。俺たちに向かいうやうやしく一礼してくれたので、あわてて返す。
「お嬢様、おかえりなさいませ。香坂様もようこそいらっしゃいました」
「ただいまー!」
透子は突然俺の手を離し、背中を強く押してきた。急に支えを失い、つんのめるようにメイドさんたちの前に躍り出てしまう。
「え!?」
「じゃあ打ち合わせ通り、彼をいい感じに仕上げといてくれたまえ」
「かしこまりました、お嬢様」
「さあ香坂様、こちらへ」
透子に返事を返したのとは別のメイドさんに促されたが、足が固まって動かない。魔術学校の入学式の日に、母親と別れた時以来の強烈な不安感が俺を襲う。透子はそんな俺を見て怪しげな笑みを浮かべ、鼻歌を歌い出したが。
「いや、透子……さん?『いい感じに』とは? あの、ちょっと、俺……やっぱ場違いかもって、か、帰らせてもらっても?」
場の雰囲気に押され、思わずいつもはつけない敬称をつける。『透子さん』だなんて、自分で言っておいてなんだが背中がむず痒い。透子は呆れた顔をして俺を見上げる。
「んー。だから何を緊張しておるのかね。今ここで君に逃げられるわけにはいかんのだよ」
「いや、なんだ? 若干の身の危険を感じている? 的な」
「……ここまで来ていったい何を言っておるのか。まあよい。おーい! すまんが彼をチャチャっと例の場所まで運んでくれたまえよ!」
「かしこまりました!」
透子が大きめに声を上げると、威勢のいい返事が。どこからともなく屈強な男性が二人飛び出してきた。
「なんだ!?」
まっすぐ俺に向かってきたので、とっさに防御の姿勢をとったが、どこかの軍隊上がりかと思うほど素早く無駄のない動き。別に小柄でも華奢でもないが、しょせんはただの高校生でしかない俺。ひょいと二人組に担がれてしまった。
「うえ!?!? おい!! 透子!! ちょっとまて!! なんだこれ!!」
場をわきまえず叫んでしまったが、お兄さんたちはびくともしない。透子は左右が対象でない笑みを浮かべ、大人たちの中心で踏ん反り返り、担がれた俺を見つめる。あの姿はどう見ても悪の組織のボスでしかない。やっぱりこいつはものすごく悪いやつだったのだ。
「ウケケケケ。まあ、お楽しみタイムというやつかの? さあ、皆のもの、彼に四宮家の力を見せつけてやってくれたまえよ!!」
「「「かしこまりました!!」」」
……俺は一体、どうなってしまうのだろうか。生きているのが奇跡としか思えなかった。
◆
しかし、どれだけ広い屋敷なんだ。学校の廊下の端から端に行く以上の距離を歩いている気がするが、例の場所とやらに着きそうにない。途中、階段を上がったので二階にいるというのはかろうじてわかる。見かけたドアの数を数えてみたりもしたが、そんなことに意味はなさそうなので途中でやめた。
「すみません、あの、俺をいったいどうしようというのでしょうか」
「お嬢様から『こちらの企みがバレてしまえばお楽しみタイムにはならないので、何かを聞かれても何も答えるな』と仰せつかっておりますので、何もお答えできません」
おそるおそる尋ねたが、ちぎって捨てられた。若干ふざけた回答な気もするが、お兄さんたちはしごく真面目な顔をしている。廊下をもう少し進むと、ドアが開いている部屋があり、俺はその中にあるソファーの上にそっと降ろされた。
……白い縁の猫足のソファーは、背もたれも座面も肌触りが良くてフカフカだ。もちろん座り心地はいいが、お兄さんに見張られているので、居心地はいいとはいえない。
逃走することも無理そうなので、部屋をくまなく観察する。壁紙は水色、高い窓には明らかに布の量が多いカーテンが吊るされ、ハタキほどの大きさのふさ飾りがついた紐で美しい形にまとめられている。そのうえレースカーテンにまで、綺麗な模様が抜かりなく施されていた。
一方の壁にはドアが二つ。部屋の隅に置かれている大きな姿見と鏡台は、ソファーと揃いのものだ。天井も妙に高く、中心に吊るされた大きなシャンデリアがキラキラと輝いている。おとぎ話のお姫様のお部屋というのは、きっとこういう感じなのだろう。
そして、目の前には…………。
「さあ香坂様、お覚悟でございますよ」
「お嬢様の『お願い』は久しぶりですわね」
「ええ、気合が入りますわ」
大中小と三人並んだメイドさん。口々に言うと怪しい笑顔を浮かべ、ソファーに座らされた俺にじりじり迫ってくる。全員が華奢な女性だが、揃ってとんでもない手練れの予感がする。息を呑んだ。
「あの……ここはいったい……? 俺は、何のために」
「こちらは透子お嬢様のご趣味のために設られたお部屋ですね」
……透子のご趣味……改造か? 改造だな? そうだ俺はここで、機械か何かを埋め込まれるのだな? お婿に行けない身体にされてしまうんだな? 新たなる力を手に入れ、孤独に悪と戦わなければならないのだな?
どこからともなく綿菓子の高笑いが聞こえてきた気がした。絶体絶命のピンチである。そうこうしている間にも、メイドさんたちは確実に距離を詰めてくる。
…………あっ、なんかやばい。目が、すっごくキラキラしてる。まるで、透子が乗りうつってるみたいだ…………。
「すっ、すすすすすみません!! 勘弁してください!!」
俺の叫びは、メイドさんたちの笑い声にかき消された。
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