第1章 15 話術に長ける母娘
スカーレットに取って息の詰まるような朝食の時間が終わった。
アグネスとエーリカはスカーレットを朝食の席に呼んでおきながら徹底的に彼女の存在を無視し、ひたすらにアンドレアに質問をぶつけ続けた。趣味からどんな内容の読書をするのか・・挙句の果てには交友関係まで根掘り葉掘り尋ね、しまいにはスカーレット自身が知らないアンドレアの話まで聞きだしてしまったのだ。
初めはぶしつけに質問を続けて来るマゼンダ親子に辟易した様子のアンドレアであったが、この親子はなかなか話術に長けた人物でいつしかアンドレア自身はこの2人との会話を楽しんでいたのだった。そんな様子を見ながら1人蚊帳の外でポツンと食事を続けているスカーレットは惨めでたまらなかった。スカーレットは頭は非常に良い女性であったが、世間知らずな一面があり、男性を喜ばせるような会話を知らなかったのだ。
またアンドレアも今どきの青年としては珍しいぐらい無垢な青年で、スカーレットと自身の家族以外とは親しく話をすることが殆ど無かった。その為、自分でも知らず知らずのうちにこの親子を受け入れ始めていたのだった。
それらの様子をドア越しからブリジットはハラハラしながら見守っていた。
(やはり・・私の嫌な予感は当たってしまったのかもしれない・・。あの女は旦那様をそそのかして妻の座を射止めたのだから相当男性を引き付ける話術をもっていたに違いないわ。娘にしたって、そんな親を母に持って入れば自然に男性を喜ばせる会話が出来るのは当然の事・・・。)
このことをアーベルとグスタフに告げなければ・・・。
ブリジットは1人寂し気に食事をしているスカーレットの姿に後ろ髪を引かれる思いで、アーベルとグスタフの元へと向かった―。
「な、何ですって?アンドレア様が・・・あの親子に懐柔されているですって?!」
驚きの声を上げたのはアーベルだった。
「し、信じられん・・・・。あのアンドレア様が・・あんな毒婦と小悪魔に・・!」
グスタフは腕組みをしながらうなる。
「だから言ったではありませんか!リヒャルト様は・・・きっとあの母娘の口車に乗せられて結婚してしまったのですよ!こんな・・・こんな恐ろしいことは考えたくはありませんが・・・ひょっとしてリヒャルト様が姿を消したのは・・あの親子の仕業ではありませんかっ?!」
ブリジットのその言い方は・・・まるで、もうこの世にリヒャルトは存在していない事を揶揄しているように2人には聞こえてしまった。
「ブリジット様。お屋敷内ではそのような発言は軽々しく口にしてはなりません。」
グスタフはブリジットに言う。
「ですが・・・!」
「リヒャルト様は・・生きている。いえ、そうに決まっています!今我々に出来る事はあの親子にこの家を乗っ取られないように・・注意を払うしかありません。」
「・・・はい・・。」
アーベルの言葉にブリジットは頷くしか出来なかった―。
****
朝食後―
アンドレア、スカーレット、エーリカの3人はシュバルツ家が管理する湖のほとりにある美しい公園を散策していた。そしてアンドレアがエスコートしている女性はなんとエーリカであった。
2人は仲睦まじげに腕を組んで歩き、その後ろをスカーレットは寂し気に歩いていた。
何故こうなってしまったかと言うと・・・これもアグネスの仕業だった。
アグネスがエーリカはこの地に来たばかりでまだ不慣れなので、アンドレアに自分の娘をエスコートするように言ったのだ。そしてスカーレットにはお前は姉なのだから妹にアンドレアのエスコートを譲ってやれと命じたからであった。
(アンドレア様・・どうして・・・?)
スカーレットは胸の苦しみを押さえて2人の後をとぼとぼとついて歩いていた。
「大丈夫かい?スカーレット。」
アンドレアは時折心配そうにスカーレットを振り向いて尋ねてきた。
「え、ええ・・・大丈夫よ。」
するとエーリカが言った。
「あら?お義姉様・・具合が悪いのならお部屋に戻られたらいかがですか?公園の案内はアンドレア様だけで大丈夫ですから。」
「いいえ、歩けるから大丈夫よ。」
スカーレットは無理に微笑んだ。しかし、2人が腕を組んで歩く姿を見せつけられるのは胸がキリキリと痛んで息をするのも辛かった。
「でも・・・。」
アンドレアがスカーレットに近付こうとした時、エーリカは豊満な胸をわざとアンドレアの腕に押し付けて来た。
「!」
途端に真っ赤になるアンドレア。その表情をスカーレットは見逃さなかった。
(アンドレア様・・・ッ!何故そんな顔をされるのですか・・?!)
一方余裕の態度でスカーレットをチラリと一瞥したエーリカは猫なで声で言う。
「アンドレア様・・それでは次の場所を案内してください。」
「あ、ああ・・そうだね。では行こうか?」
2人は腕を組んで歩き去って行ってしまった。
スカーレットが足を止め、茫然とした姿で立ちすくんでいる事にも気づかずに―。
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