第6章 9 アリオスとザヒム
「ふ~ん。それでは彼女の父親は死んではいなかったが、正気を失っていた…そこで発見が遅くなってしまったと言う訳か」
ザヒムは肉料理をフォークに刺し、口に入れると満足気に頷く。
「うん、やはりこの店の料理は美味しいな」
少し粗雑なように見える処もあるが、やはりザヒムは貴族。その所作にはどこか品格が漂って見えた。
「ああ…」
説明を終えたアリオスは力なく返事をする。
「おい、何故そんなにがっかりしているんだ?喜ばしい事じゃないか?婚約者の父親が見つかったのだから」
「…」
しかし、元気が無く無言でいるアリオスにザヒムは何かを感じ取ると言った。
「アリオス、正直に全て話すんだ。まだ婚約者の事で俺に伝えていない事があるんじゃないのか?」
「ああ…その通りだ」
アリオスは深いため息をつくと、果実酒を木製コップに注ぎ入れ、仰ぐように飲み干すとテーブルの上に置いた。
「実は…スカーレットと俺は…仮婚約の関係なんだ。当然スカーレットの父親はその事は知らない。元々スカーレットは義理の母と妹によって家を追い出されたようなものだからな。それで生活をしていく為に‥たまたま俺がカールの家庭教師を募集していて、知り合いの弁護士が彼女を紹介して来たんだ。身分も伯爵家だったし、何より彼女の履歴書を見る限り、優秀だった。外国語の翻訳の仕事をしていたから語学も堪能だ。申し分ない家庭教師だと思い、彼女を雇う事にしたんだ」
「なるほどな…でも本当はそれだけじゃないだろう?」
「…そうだな」
アリオスはため息を付くと再び言った。
「俺は…悪い男だ。若い女性の家庭教師を探していたのも…復縁を迫って来るヴァイオレット皇女から逃れる為に、仮の婚約者を演じてもらう目的がそこにあったんだからな」
「やっぱり…そう言う事か…」
ザヒムはため息交じりに言った。
「それなのに…」
アリオスの言葉の後にザヒムが続いた。
「まさか、本気で好きになるとは思わなかった…って事だろう?」
「あ、ああ…そうだ」
アリオスは言いにくそうに返事をした。
「だったら正直に思いを告げればいいだろう?スカーレット、俺は君を愛してしまったんだ。どうか本物の婚約者になってはくれないだろうか…?という感じにな?」
ザヒムの多少演技がかった言い方にアリオスは溜息をついた。
「そんな軽々しく口に出せるような問題じゃないんだよ」
そしてフライフィッシュを口に入れる。
「何故だ?お前の告白を受け入れないような女性がいるとは思えないが?」
「…」
するとアリオスの眉間にシワが寄った。
「おい、おいアリオス。どうしたんだよ?そんな顔をして…」
「いや…少しアイザック皇子の事を思い出して…」
「アイザック皇子?彼がどうかしたのか?」
「ああ…スカーレットは…その…ある事が原因で男性恐怖症になっているんだ。それなのに…以前俺の不在中にヴァイオレット皇女がよこした馬車に強引に乗せられ…そこでアイザック皇子に痺れ薬を飲まされ…」
「何だって?それはもはや犯罪だろう?いくら皇族だからと言って…」
ザヒムの声にもどこか怒気が混ざっていた。彼は女性には非常に紳士的な男だったのだ。
「いや、未遂で済んだのだが…それでもスカーレットの男性恐怖症を煽った事に代わりはない」
「なるほどな…それではお前だって思いを告げる事は躊躇してしまうよな?だが…俺の見た感じでは、少なくとも彼女はお前のことなら受け入れてくれる気がするけどな」
「だったらいいんだけどな…」
アリオスは寂しそうに笑った―。
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