第6章 8 それぞれの夕食
その日の夕食の席―
食卓にはスカーレット、カール、そしてブリジットが席についていた。
「アリオス兄様‥‥今夜は一緒に食事が出来ないなんて残念です」
豪華な料理が並べられたテーブルの前でカールがフォークを手に、隣の空席を見つめてため息をついた。
「きっと仕事の事でお忙しいのでしょう。秘書のザヒム様とお出かけになられたようですから」
「え?スカーレット様はザヒム様の事を御存じなのですか?」
カールはスカーレットを見た。
「ええ。知っています。本日アリオス様の執務室に伺った時にお会いしましたから。」
そしてスカーレットはサラダを口に入れた。
「とても気さくな方なのですよね?」
ブリジットがスープを飲みながら尋ねた。
「ええ、とても感じが良い方だったわ」
「アリオス兄様の執務室に行ったのですか?」
「ええ。大事なお話があったんです」
するとブリジットが言った。
「スカーレット様、カール様にもお話された方が良いのではありませんか?」
「え?何の話しですか?」
カールが首を傾げた。
(そうね…。もしお父様が戻って来られたなら、私の状況も変わってくるかもしれないし‥)
そこでスカーレットは一旦食事の手を止めるとカールを見た。
「カール様、実は亡くなったとされていた私の父が『ベルンヘル』で見つかったとのお手紙を頂いたのです」
「え?!そうだったのですか?!おめでとうございます!」
カールは一瞬驚愕の表情を見せたが、次の瞬間笑顔になった。
「はい、ただ記憶を無くしているようで…私に会えば記憶を取り戻すかもと言われているそうです。それで近いうちに『ミュゼ』に来るそうなのです」
「そうなのですね?それでは楽しみですね」
カールはニコニコしながら言った。
「はい、ありがとうございます」
スカーレットも微笑みながらカールを見た。そしてそんな2人をじっと見つめながらブリジットの心にはある一抹の不安があった。
(スカーレット様は…リヒャルト様が戻られたら、どうするつもりなのかしら?折角ここでの生活にも慣れたのに…。ましてカール様はあんなにもスカーレット様を慕っているというのに…)
****
その頃―
アリオスとザヒムはおよそ貴族とは思えない、庶民が着るようなシンプルなシャツにボトムス姿で、『ミュゼ』の大衆酒場にやってきていた。
吹き抜けの天井に広々とした板張りのホールのような酒場には円形のテーブルが並べられ、大勢の客で賑わっていた。誰もがアリオスとザヒムが貴族であることにすら気付いていない。それほど2人の姿はこの酒場に溶け込んでいた。
「珍しいじゃないか、アリオスがこんな店に俺を誘うなんて」
ザヒムが木のコップに注がれている果実酒をグイッと飲み干すと向かい側に気むずかしげな顔で地ビールを飲んでいるアリオスを見た。
「…」
しかし、アリオスは返事をせずにボイルされたウィンナーを口に入れた。
「おい、アリオス。お前の方から俺を誘っていてそんな仏頂面はよせよ。酒がまずくなりそうだ。何か話があって俺をこの店に誘ったんだろう?」
ザヒムはチーズを口に放り込んだ。
その時―。
「あら〜こちら、素敵なお兄さんたちね?どう?私達と同じテーブルで飲まない?」
一人の赤毛の若い女が声を掛けてきた。女の背後のテーブルには数人の若い女たちが興味津々で2人を見つめている。アリオスは女をチラリと見て、途端にうんざりした気持ちになってしまった。女は髪をゆるく結い上げ、豊満な胸元を強調するかのようなブラウスにハイウェストのロングスカート姿だった。身体のラインを目立たせるかのような服はアリオスの嫌悪感を煽るものでしか無かった。
そんな雰囲気をいち早く感じ取ったザヒムが笑みを浮かべながら言った。
「悪いな、俺たち二人共結婚してるんだ。他の男を当たってくれないか?」
「え〜?何よ。妻帯者がこんな店に来ないでよね!」
赤毛の女は不機嫌そうに去って行った。
「何で俺たちがあんな言われ方されなくちゃならないんだ?」
アリオスはますますイライラした様子で言う。
「まぁ、そう言うなって。それで?俺を誘った理由をそろそろ話してみろよ?」
「ああ…実は…」
ザヒムに促され、アリオスは重い口を開いた―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます