第6章 7 自覚した気持ち

 その手紙の主はヴィクトールからだった。『ベルンヘル』の運河の傍のバラックの一つに浮浪者の姿で小屋の中にスカーレットの父、リヒャルトが発見されたと書かれていた。今は自分の事も良く分からず、口も利けない状態らしいがスカーレットに会えば正気を取り戻す事が出来るかもしれないので、すぐに『ミュゼ』に向かうとの内容が書かれていた。


「なるほど…」


アリオスは溜息をつくと手紙を封筒に入れてスカーレットに返した。


「あ、あの…アリオス様。申し訳ございませんでした」


突如スカーレットが頭を下げて来た。


「え?何故謝るのだ?」


アリオスはスカーレットが何故突然頭を下げてきたのかが分らずに質問した。


「そ、それは…アリオス様の許可も無く、突然父たちが‥『ミュゼ』に…。で、ですが…」


スカーレットの目に涙が浮かぶ。


「どうした?スカーレット」


アリオスは涙ぐみスカーレットに戸惑った。


「い、いいえ…な、亡くなったっと思っていた父が実は生きていたことが…う、嬉しくて…」


顔を覆って泣くスカーレットにアリオスはどうすればよいか分らなかった。


「ス、スカーレット…」


アリオスはスカーレットの隣にすわり、ためらいがちにそっと肩に触れてみた。けれど拒絶される仕草が見られなかった。そこでアリオスはスカーレットの肩を引き寄せ、そっと自分にもたれさせた。そしてスカーレットが無きやむまでアリオスは黙って肩を抱き寄せていた。


やがて、ひとしきり泣いて落ち着いたのかスカーレットがアリオスの身体から離れると言った。


「あ、あの…申し訳ございませんでした。こんな…肩をお借りしてまで泣いてしまって‥」


スカーレットは頬を赤く染めた。


「いや、気にしないでくれ。亡くなったと思っていた父親が生きていたのだから嬉し泣きするのは当然だ。そ、それに…」


アリオスはスカーレットから顔を背けると言った。


「俺で良ければ…肩くらい、いつでも貸す‥から」


「アリオス様…」


アリオスの耳は赤く染まっていた。


「はい、ありがとうございます。アリオス様」


スカーレットは笑みを浮かべると立ち上がった。


「アリオス様。お仕事中お邪魔してしまい、申し訳ございませんでした」


スカーレットは立ち上がると礼を述べた。


「い、いや。気にしないでくれ」


「また父の事で手紙が届きましたら、アリオス様にご報告させて頂きますね。それでは失礼致します」


「ああ。それではまた夕食時に会おう」


「はい。分りました」


そしてスカーレットは再度頭を下げると、アリオスの執務室を後にした。




****


 執務室からスカーレットが出て行き、ひとりきりになるとアリオスは書斎机に向かい、肘掛け椅子に腰を下ろすと寄りかかり、天井を見上げた。


(スカーレットの父親が『ベルンヘル』で見つかり、もうすぐここへやって来る…。手紙によれば父親の正気は今は失われているが、もし元に戻ったなら…スカーレットはどうするのだろう?屋敷を取り戻すために『リムネー』に帰るのだろうか‥?だが、そうなるとカールの家庭教師の仕事も辞める事に…)


…行かないで欲しい。


アリオスの中に強い願望が生まれた。カールの家庭教師を辞めて欲しくないからではない。自分の傍にいて欲しい‥。


「俺は…どうやらザヒムの思っていた通り…スカーレットが好きなようだ‥‥」


アリオスはポツリと呟くのだった―。



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