第7章 9 リヒャルトの過去 4

「しかし…」


リヒャルトは言いよどんだ。ネックレスを担保にする代わりにお金を貸してほしいと言われても、本当にアグネスの亡夫が貸金庫に貴金属を預けていたかどうかも怪しい話である。仮に貸金庫の中には資産価値の無い物しか無かったら?もしくは空っぽの可能性だってある。そうなると貸したお金が戻って来るあては全く無くなってしまうし、大体どれくらいお金を貸してほしいのかも不明なのだ。


(私が直に貸金庫の中身を確認する事が出来れば良いのだが…)


そこでリヒャルトは尋ねた。


「本当に…貸金庫があると言うのなら、中身を確認する事は出来るのでしょうか?」


「ええ。勿論ですっ!私もこの目で確かめましたから。もし宜しければご案内致しますのでご同行願えますか?」


アグネスが嬉しそうに言った。


「え?今からですか?」


あまりの突然の提案にリヒャルトは驚いたが、すぐに考え直した。


(そうだな‥‥元々この町には船の乗り換えの為だけに降り立ったところだし、出来れば早めに『リムネー』に戻りたいし…)


「分りました。では案内して下さい」


リヒャルトは立ち上がった。


「本当ですか?」


「ありがとうございます!」


アグネスとエーリカが交互に頭を下げた。


「いえ、とにかく貸金庫の中身を確認しない事には私も安心出来ませんからね」


リヒャルトは笑顔で言った。



 そしてリヒャルトはアグネスの案内により、貸金庫があると言われている銀行に行くことになった。

まさにリヒャルトがマゼンダ親子の罠にかかった瞬間であった―。




****


「まぁ!何て素晴らしいのでしょう!」


エーリカが自動車の上から外を眺めて感動の声を上げている。


「自動車に乗るなんて人生初めてです。まさか馬車以外で走る車がこの世に出来るとは思いませんでしたわ」


アグネスも自動車に乗るのが初体験の為に興奮している。


「そうでしたか。お2人共自動車は初めてだったのですね」


リヒャルトの言葉にエーリカが興奮気味に言う。


「ええ。勿論です。それにして不思議な物ですね。形は馬車によく似ているのに馬が引かずにええと…」


そこでリヒャルトが言った。


「『ガソリン』と言う燃料を動力にして動かしているのですよ」


「そう、その『ガソリン』で走ることが出来るなんて本当に不思議だわ」


エーリカはすっか自動車に夢中になっていた。本当は辻馬車に乗る予定だったのだが、あいにく全て出払っていた。その代り、最近馬車に成り代わる乗り物として近年現れたのが『自動車』だったのだ。アグネスとエーリカが喜ぶ姿を見ながらリヒャルトは思った。


(今度、一度スカーレットを自動車に乗せてあげよう…あの子は贅沢とは全く無縁な世界に生きて来たからな。少しくらい物珍しい体験をさせてあげるのも良いだろう)


リヒャルトがスカーレットの事を考えている時に、ふとアグネスが声を掛けて来た。


「ところでリヒャルト様はご家族はいらっしゃるのですか?」


「ええ。19歳の娘がおりますよ」


「まぁ。そうなのですね?うちのエーリカより2歳年上なのですね。と言う事は御結婚されているのですね」


「結婚はしましたが…妻は早くに亡くなりましたからね。なので家族は娘だけです」


「そうでしたか…それはお気の毒な話ですね…」


この時…リヒャルトは何も気づいていなかった。


アグネスとエーリカの目が怪しく光っていた事を―。




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