第7章 8 リヒャルトの過去 3

 翌朝―


リヒャルトがホテルのレストランで朝食後のコーヒーを飲んでいると、突然背後から声を掛けられた。


「あの…リヒャルト様でしょうか?」


「はい?」


振り向くとそこには昨夜助けた女、アグネスが立っていた。そして隣にはアグネスによく似た若い娘が立っている。


「ああ、貴女は確か…」


「はい。昨日は助けて頂いてありがとうございます。それで…図々しいのを承知でお願いしたいことがありまして…どうか私共を助けて頂けないでしょうか?」


突然アグネスが頭を下げてきた。もとより人の良いリヒャルトは笑みを浮かべると言った。


「お願い…ですか?どうぞお掛け下さい」


リヒャルトはボックス席に座っていたので、向かい側の空いている席を勧めた。


「はい。それでは失礼致します…」


2人が席に座ると早速リヒャルトは尋ねた。


「それで?私にお願いとは何でしょう?」


「はい。実は私は男爵家の未亡人なのです。隣にいるのは私の1人娘のエーリカです。」


エーリカは頭を下げた。


「エーリカです。よろしくお願いします」


「リヒャルト・シュバルツです」


リヒャルトも頭を下げる。2人の様子を見ると、アグネスが話を続けた。


「男爵家と申しましても、とても貧しい生活ではありましたが、夫と娘の3人で慎ましく、幸せに暮らしておりました。ところが昨年夫は流行り病で他界してしまいました。その際に夫に多額の負債があったことが発覚したのです」


アグネスは涙ながらに訴えてきた。


「そうでしたか…それはお気の毒な話ですね」


リヒャルトは相槌を打った。


「そして借金返済の為に私達は住んでいた屋敷を終われ…小さなアパートメントを借りる事になりました。ですが…屋敷を手放してもまだ借金返済には程遠く、私達母娘は町の酒場で働いていたのですが、借金は一向に減るどころか増えるばかりで…とうとう借金取りが私達に言ったのです。娘を娼館に売り払い、私には妾になれと…!」


「うう…お母様…」


エーリカは涙を浮かべ、アグネスの肩に顔を寄せる。


「何ですって?!それは酷い話ですね!」


リヒャルトはその話に憤慨した。


「そこで遠縁の親戚にお金を借りて、借金取りに返済しようと試みたのですが…夫もいない私にお金を返せるはずは無いだろうと一喝されてしまいました。挙げ句にその帰りに道端でぶつかってしまった男の人が私に言いがかりをつけて…!」


「そうでしたか。それが昨夜の…それで?私にどのようなお願いがあるのですか?」


「ええ、実は…この宝石を担保に…お金を貸して頂けないでしょうか?」


アグネスはポケットの中から美しくエメラルドに光り輝くネックレスを取り出した。貴族であり、貴金属に見慣れていたリヒャルトにはすぐに分かった。このネックレスは相当価値があるものだと言うことが。


「し、しかし…これだけの値打ち物のネックレスをお持ちであるならば、失礼ですが宝石商に売れば、かなりの高値で引き取って頂けると思いますが?」


するとアグネスが笑みを浮かべると言った。


「まぁ!やはり…貴方にはこの宝石の価値がお分かりになるのですね?やはり…今はご立派な身なりをされているところを見ると、本当は…貴族の方ではありませんか?何しろこのホテルに泊まれるくらいなのですから」


「ええ…一応伯爵の身分は持っておりますが…」


「本当ですか?それなら…どうか私達を助けると思って、どうかこの宝石を担保にお金をお借りできないでしょうか?もう借金の期日が迫っているのです。これは…亡くなった私の母の形見の品ですので手放すわけにはいかないのです…!」


アグネスは必死で訴えてくる。


「ですが…このような事はあまり申し上げたくはありませんが…私がこの宝石を担保にお金を貸したとして…貴女は私にそのお金を返せるあてはあるのでしょうか?」


リヒャルトは慎重になって尋ねた。


「ええ、それなら大丈夫です。実は…夫が生前貸金庫に貴金属を預けていた事が分かったのです。そこで金庫を開けてもらおうとしたのですが、名義人が夫の名前だったので私の名前では開けられないそうなのです。そこで私の名義に書き換えるの手続きをしているのですが…銀行の話によれば、名義変更に2月以上かかるそうなのです。これが男性だったらもっと早く名義を変更できたそうなのですが…。それなのに借金の方はたった1日で利息がドンドン増えてしまいます。そこで、お願いしたいのです。名義変更が出来るまで無利息でお金を貸して頂けないでしょうか?お願い致します!担保とししてこのネックレスをお渡ししますので!」


アグネスとエーリカは必死になってリヒャルトに頭を下げてきた―。

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