第7章 11 リヒャルトの過去 7
「…おい、起きろ!」
突然上から踏みつけられ、リヒャルトは意識を取り戻した。
「う…」
何度か呻き、目を上げるとリヒャルトは狭い小屋の中で転がされていることに気が付いた。もう夜明けが近いのだろうか。窓からは満月が白く見え、空が少し明るくなっていた。リヒャルトの手足を縛り付けられていたはずのロープはいつの間にか解かれている。更に何故かリヒャルトは粗末な服に着替えさせられている。あちこち擦り切れたYシャツにズボン…靴はかかとがすっかり磨り減り、ところどころ破けていた。
「やっと目が覚めたようだな?」
薄暗い部屋からかろうじて人影が見えるのが分かった。
「誰だ…?お前は?それにここは一体何処だ?」
すぐ近くで水音が聞こえる。
「ああ、ここは運河の側さ」
シュッとマッチをする音が闇の中で聞こえ、一瞬男の顔を照らした。それは見たこともない人物だった。男は加えていたパイプに火を付けると、ゆっくりと煙を吐き出した。
「質問に答えろ。お前は一体誰だ?」
「生憎、私にはそれに答える義務はないよ。」
「…ッ!」
リヒャルトは一瞬の隙をついて逃げようと考えていると、まるで見透かしたかのように男は言った。
「おっと、逃げようなどとは考えないことだ」
カチャ…
金属製の音が聞こえた。見ると、男は拳銃を構えてリヒャルトに向けていたのだ。
(こ、この男…ま、まさか私を殺すつもりなのか…っ?!)
リヒャルトの背中を嫌な汗が伝う。
「不用意に動くなよ…手元が狂ってお前を撃ってしまうかも知れない」
至近距離で銃を向けられ、リヒャルトは言葉を発する事も出来なかった。
その時―
キィ〜…
きしんだ音が聞こえて扉が開かれた。夜明けの光が暗い小屋の中に差し込む。
「署長、連れてきましたぜ」
ガラの悪そうな男が小屋の中に入ってきた。
「馬鹿!下手な事を口に出すなっ!」
リヒャルトに銃を向けていた男が非難めいた言葉を浴びせる。
(署長…?この男は署長…だが、一体何処の署長なのだ…?)
拳銃を向けられた切羽詰まった状況に置かれながらも、まだリヒャルトはどこか冷静だった。
「あ、す、すみません」
叱責された男はすぐに謝罪すると、突然背後を振り向くと言った。
「何をしている、お前も入れ」
すると、男の背後から別の人間が小屋の中に入ってきた。
(な、何…?)
そこにはいつの間にかリヒャルトが着ていた服を着た金髪の男性がリヒャルトの前に現れたのだ。
「お、お前は誰だ…?」
リヒャルトは声を震わせながら尋ねるが、金髪の男はそれには答えずに、署長と呼ばれた男に向き直ると言った。
「へへへ…旦那、よろしいんですか?こんな立派な服を頂いても…」
「ああ、勿論だ。お前が適任だからな。よく似合っているじゃないか?彼によく似ているしな?」
リヒャルトをチラリと見た。
「どうもありがとうよ。それで俺は一体何をすればいいんです?」
「ああ、簡単な事だ。…今から死んでもらう」
「「!!」」
その言葉に金髪男とリヒャルトは驚いた。
「おい、連れて行け!」
署長は背後にいた男に声を掛けた。
「はい」
そして金髪男を羽交い締めにした。
「お、おい!嘘だろうっ?!何故俺を殺そうとするんだよっ!」
金髪男は必死でもがくが、男の力が強いのか、振りほどくことが出来ない。
「お、おい!やめろっ!」
さすがのリヒャルトもこれには黙っていられず、男に飛びかかろうとすると後頭部に激しい衝撃を感じた。
「あ…」
後頭部を拳銃で殴打されたのだ。激しい目眩に襲われ、リヒャルトは床の上に倒れ込んだ。
「お前はそこでじっとしていろ」
署長は言うと、リヒャルトの脇を通り抜けて金髪男に近付くと思い切り腹を殴りつけた。
ドスッ!
「ガハッ!」
金髪男は苦しげな声を上げて、ガックリと力が抜けた。
「よし、意識を失ったようだな…そのまま運河に落としてしまえ」
「分かりました」
そして小屋の中で半分意識を失いかけているリヒャルトを残し、男たちは小屋を出ていった。それから少し立った頃…
バシャーン…!
大きな水音が響き渡るのをリヒャルトは耳にした―。
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