第1章 24 アンドレアの本音

 翌朝―


「全く・・・今朝もスカーレットは朝食の席に現れなかったわね・・。」


アグネスはフォークとナイフをカチャカチャ鳴らしながら皿の上のベーコンを切り分けていた。


「いいじゃないの、お母さま。私の婚約者のアンドレア様が同じテーブルに着いているのだから・・そうよね?アンドレア様?」


エーリカはスープを飲みながらトーストにバターを塗っているアンドレアに語り掛けた。


「あ?ああ・・・そ、そうだね。」


不意に話を振られたアンドレアは一瞬ビクリと肩を浮かせて返事をした。そして・・こちらを見つめてじっと立っている給仕を努める2人のフットマンをそっと見た。

彼ら2人はアンドレアとは顔なじみで、割と親しい仲だった。彼らの自分に向ける視線が何処か非難めいているのがアンドレアには辛かった。


(お願いだから・・・そんな目で僕を見ないでくれ・・。僕だってまさかこんな目に遭うとは思っていなかったのだから・・。)


アンドレアの心の中ではまだ美しいスカーレットの事が好きだった。

エーリカも可愛らしいタイプではあったが・・・気が強く、どこか粗雑な部分があってどうしても好きにはなれなかった。それなのに・・・昨夜もアンドレアはエーリカの誘惑に負けて彼女を抱いてしまったのである。はっきり言ってしまえば・・身体だけはエーリカに完全に陥落してしまっていたのだった。


(僕は自分が情けない・・・女性の経験が・・エーリカを抱くまでは今まで一度も無かったから・・スカーレットとは真逆な女性なのに身体に溺れてしまったんだ・・。こんな事なら・・強引にでもスカーレットを自分の物にしていれば・・こんな事にはならなかったかもしれない・・・。)


傍から見れば、何とも自分勝手な事をアンドレは考えていた。


そして、姿を見せないスカーレットにどこか安心しつつも、不安を抱えたままアンドレアは食事を続けた―。




****


「スカーレットお嬢様・・せめてスープだけでも口に入れて頂けませんか?」


ブリジットはベッドの上でボ~ッと窓の外を眺めているスカーレットに声を掛けた。


「ごめんなさい・・ブリジット。食欲がわかなくて・・何も口に入れたくないの・・。」


そう言うスカーレットの頬は、たった1週間ほどで目に見えて分かるほどにげっそりと痩せ細っていた。でもそれは無理もない話であった。ほんのわずかな期間で父親の死を告げられ、その遺体すら見つかっていない。そして突然現れた義理の母娘、そして・・あれほど慕い、結婚する日を待ち望んでいたアンドレアがよりにもよって義妹と身体の関係を結んでしまい、一方的に婚約破棄され・・エーリカと婚約を結んでしまったのだから。


「スカーレットお嬢様・・・。」


鎖骨がはっきり浮き出し、腕もすっかり痩せ細ってしまったスカーレットの姿は彼女が幼い頃から世話をしてきたブリジットには耐えがたい事だった。


「わ、分かりました・・・。それでは水差しだけはおいて行きますので・・何か御用がある時はすぐに呼びつけて下さいね?」


ブリジットはそれだけ告げると、頭を下げてスカーレットの部屋を後にした。


「そうだわ・・・スカーレット様の好きなアップルパイなら・・食べて頂けるかも。すぐに厨房へ向かいましょう。」


廊下に出たブリジットは口の中で小さく呟くと、スカートを翻して厨房へ向かった。

そして通路を歩きながら思った。


(許せない・・・あの親子・・そして、スカーレット様を捨てたアンドレア様を・・!旦那様さえいてくれれば・・!だけど、私は絶対にこの屋敷でスカーレット様を守り続けるわ・・この命が寿命で尽きるまで・・!)


ブリジットは心に、そう固く誓ったのだが・・・その願いはむなしくアグネスによって断ち切られることになる―。



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