第1章 10 フットマンの苦悩

18時―


豪華な料理が並べられたダイニングルームではマゼンダ親子が食卓に着いていた。

あの後、母娘から解放されたスカーレットは言われた通り、自らの足で厨房に向かい、料理人たちに18時までにディナーの用意を頼んだのであった。


「まーあ、流石は見事な料理ねっ!」


アグネスはメインデッシュのフィレ肉のステーキを見つめ、うっとりした声を上げる。


「お母さま、あの料理も美味しそうよ!」


エーリカはテーブルマナーを無視し、フォークでデザートのケーキをさした。


そしてこの2人の様子を忌々し気に見つめているのは給仕を努める2人のフットマンであった。


(全く・・・何と言う図々しい親子なんだ・・・!)


(この2人・・本当に貴族なのか?フォークで食べ物を指す等あり得ない・・・!)


リヒャルトの妻と娘を名乗る母娘が強引にシュバルツ家に上がり込んで来たと言う話はあっとい言う間に屋敷の使用人たち全員に知れ渡った。そして誰もが何と図々しい親子だと嫌悪していた―。


「ねえ。ところでお前・・。」


いきなりアグネスの隣に立っていたフットマンは話しかけられてビクリとした。


「は、はい。何でございましょうか?アグネス様。」


フットマンはひきつった笑みを浮かべながらアグネスを見た。


「何故、あの子は来ないのかしら?」


ポタージュを飲みながらアグネスは尋ねた。


「はい?あの・・あの子というのは・・?」


フットマンは首を傾げながら尋ねた。すると途端にアグネスの顔が険しくなる。


「とぼけるんじゃないよっ!この屋敷であの子と言ったらスカーレットしかいないだろうっ?!」


ガチャーンッ!


アグネスは突然持っていたスプーンをテーブルの空の皿の上に投げつけた。


「全く・・・ここの屋敷の使用人たちは・・皆反抗的よね~・・。」


エーリカはパンをちぎって口に入れながら自分の隣に立つフットマンをジロリと睨み付けた。


(お、俺は何もしていない・・頼むから巻き込まないでくれっ!)


引きつった笑みを浮かべながらフットマンはエーリカに頭を下げた。


「何故、スカーレットはここにいないのっ?!理由を言いなさいっ!」


アグネスの隣に立つ哀れなフットマンは震えながら答えた。


「そ、それが・・スカーレット様は・・・旦那様が亡くなったショックで・・食欲がないからと・・辞退されたのです・・・。」


するとそれを聞いたアグネスは腕組みをすると言った。


「ほんとに・・・厭味ったらしい娘だねぇ・・。ちょっとかわいい顔しているからって生意気な・・・。とにかく食べなくてもここへ連れておいでっ!折角初めての家族団欒のディナーだって言うのに・・欠席は許さないよ!」


「は、はいっ!」


怯えた様子で命じられたフットマンは、足早にダイニングルームを飛び出した。


「全く・・初めから連れてきていればこちらだって怒る手間が省けるのに・・。そう思わないかい?」


アグネスは残ったフットマンに言った。


「・・・。」


青ざめて笑みを浮かべるフットマンは心の中で叫んでいた。


(俺に話を振らないでくれっ!だいたい・・俺はあんたたちを認めていないし、肝心のリヒャルト様がいないのに、何が家族団欒だよっ!)



 それから10分ほど経過した頃、先ほどのフットマンが息を切らせながら戻って来た。


「あら?何故1人で戻ってきたの?スカーレットは?」


機嫌の悪さを隠そうともせずアグネスは尋ねた。


「は、はい・・それがスカーレット様は・・体調が悪いからと・・もうお休みになられていました・・。」


「何っ?!もう寝てしまったのかい?!全く・・何て子かしら・・まあでも寝てしまったならしょうがないわね・・・。でもいいかい?明日の朝は必ずスカーレットを同じテーブルに着かせるんだよっ?!」


アグネスは2人のフットマンに強い口調で命令をするのだった―。

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