母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

第6章 3 疑惑

　輝くような金の髪に神秘的な緑色の瞳。そこに立つのは白いＹシャツにスラックス姿の美しい1人の男性だった。彼こそ、紛れもないスカーレットの父、リヒャルトである。そんなリヒャルトを見てリーが口笛を吹いた。

「ヒュ～…これは驚いたな。まさかあの浮浪者がこれほどまで見事な容貌をしていたとはな」

「…」

しかし、それでも肝心のリヒャルトは虚ろな瞳でその場に佇むだけだった。

ここはヴィクトールが手配した『ベルンヘル』の高級ホテルである。ヴィクトールは運河の傍に建てられたバラックの一角に住む男は運河で死亡したとされるリヒャルトに違いないと踏んでいたのだ。そこで予めリヒャルトの為にホテルを用意していたのだった。

「リヒャルト様、私が誰か分りますか？」

ヴィクトールは身なりを整えたリヒャルトに尋ねた。

「…」

しかし、リヒャルトはヴィクトールの顔を一瞥するだけで無反応だった。それを見てグスタフは言った。

「おい、大丈夫なのか？いくらリヒャルト様が見つかったからと言って、これでは埒が明かない。我々の事も覚えていないし、まともに話す事も出来ないじゃないか！」

「…」

ヴィクトールは少しの間腕組みをして考えていたが、リーの方を振り向いた。

「リー。お前の知り合いで口が堅く、どんな病状の人間も看てくれる医者はいないか？」

するとリーはニヤリと笑みを浮かべると言った。

「ああ。1人いるぜ。ただその医者は少々金をとるがな？」

「それでも構わない。リヒャルト様を診察してくれるなら」

ヴィクトールとリーの会話を聞いていたグスタフが口を挟んできた。

「おい、何故そんなヤバそうな医者を呼ぶんだ？別に普通の医者に診てもらえばいいんじゃないか？」

するとヴィクトールは言った。

「それは駄目だ。リヒャルト様は運河に落ちて死亡したとされているのだ。彼が本物のリヒャルト様だという証拠が無ければ診察を受けるのは危険だ。大体身元の保証が無ければ医者だってそうそう簡単に、診察してはくれないぞ」

「確かにそうではあるが…」

「それに‥これは憶測でしか無いが…恐らく今回の事件、警察も絡んでいる」

「いや、十中八九恐らく間違いないと思うぜ」

リーが口を挟んできた。

「な、何だってっ？！」

「おかしいと思わないか？遺族を…いや、一番肝心なスカーレット様に遺体の確認をさせなかったんだぞ？」

ヴィクトールは今は椅子に座って窓の外をじっと眺めているリヒャルトを見ながら言う。

「それはリヒャルト様と再婚し、図々しくもシュバルツ家に上がり込んできたあの母娘が遺体の確認をして、リヒャルト様だと認めたからだろう？」

「それもおかしい。2人は結婚したと言うが…果たして本当にしたのだろうか？」

「何？」

するとリーが言った。

「面白い写真を見せてやるよ」

そしてスラックスのポケットからリーは手帳を取り出すとパラリとめくった。するとそこには1枚の写真が挟まれている。

「お前ならこの女を知っているんだろう？」

そしてグスタフに見せた。

「あ！こ、これは…！」

そこに映し出されていた映像は、警察官の制服を着用した年配の男と、マゼンダが笑顔で写り込んでいる写真だった―。