第1章 5 気の強い母娘

「全く・・・ここの屋敷の使用人たちは女主人に御茶菓子すら出さないのかしらねっ?!」


グスタフとアーベルが客間へ飛び込んでいくと、高飛車な大声でメイドを叱責する声が耳に飛び込んで来た。


「も、申し訳ございません・・。」


震えながら謝るのはまだ成人年齢にも満たない年若いメイドである。


「悪いと思うならすぐに用意してきなさいよっ!」


さらに別の声が響き渡った。その声もやはり意地悪さがにじみ出ている。


「何をされているのですかっ?!」


そこへ怒りで頬を赤く染めたアーベルがこちらに背を向けて高級レザーのソファに座る2人の前に回り込んで大声を上げた。そしてグスタフもアーベルの後に続く。


「まあ・・何かしら?貴方!ノックもせずに部屋に入ってくるなど、たかが使用人風情が生意気なっ!」


そう言ったのは黒髪に青い瞳の機の強そうな30代と思しき女性であった。最近流行しているドレスを着用している。


「本当ね・・・屋敷の中にもなかなか入れようとはしなかったし・・ここの使用人たちは生意気な輩ばかりね。お母さま。いっそ、総入れ替えした方が良さそうよ?」


娘と思われる女性は、やはり母親に引けを取らないほどに性格のきつそうな顔をしていた。やはり母親同様黒髪に青い瞳の美しい少女ではあったが、釣り目がどうしても悪影響を与えている。


「それはこちらの台詞ですっ!主の不在中に勝手に屋敷の中に上がり込んでくるとは・・っ!大体ご主人様は亡くなられたと連絡がこちらに届いている!お引き取り願いましょうっ!」


グスタフが扉を指さしながら言った。すると女性が言った。


「お前・・・私が誰か知らないようだね?私はリヒャルトの妻のアグネスよ?そしてこの娘は彼の新しい娘となったエーリカ。旦那様から何も聞いていないのかしら?」


腕組みをしながらグスタフをジロジロと睨み付け、次に視線を若いメイドに移すと言った。


「何をしているの?早くお茶とお茶菓子を持ってきなさいっ!本当に愚図でのろまなメイドだね?!」


「も、申し訳ございませんっ!」


メイドは半泣きになって頭を下げた時、アーベルが静かな声で言った。


「用意しなくて結構。君は持ち場に戻りなさい。」


するとそれを聞いたマゼンダ親子が怒りの目をアーベルに向けた。しかしそれに動ずることなくアーベルは言う。


「さ、早くお行きなさい。」


「わ、分かりました!」


メイドは目に涙を浮かべながらバタバタと走り去って行った。


「お前・・使用人のくせに生意気な・・・・っ!」


アグネスは怒りの目をアーベルに向ける。


「ならあんたが用意しなさいよっ!私たちはね、喉もカラカラでお腹だって空いてるんのよっ!」


母親同様、最近はやりのドレスを着たエーリカがヒステリックに喚いた。


「お茶を頂きたいのなら、お店に行って下さい。ここは店ではない。シュバルツ伯爵家の邸宅だ。」


グスタフは威厳を保ちながらエーリカに言う。


「う・・・な、何て生意気な・・・っ!」


エーリカは悔しそうに下唇を噛んだ。するとアグネスはグスタフとアーベルを交互に睨み付けながら言った。


「どうやら・・お前たちは私達がシュバルツ家の家族になった事を信じていなようだね?なら証拠を見せるわよ。」


アグネスは手元に置いたハンドバックを引き寄せると、中から1通の封筒を取り出し、自分たちの目の前にある大理石のテーブルに乗せた。


「ほら、お前たち。その書類に目を通してごらん。」


「「・・・。」」


グスタフとアーベルは互いに視線を合わせ・・・グスタフが封筒を手に取った。そして中から1通の書類を取り出し、広げた。それをアーベルと2人で確認し・・、驚愕した。


その書類はリヒャルトとアグネスの婚姻届けだった―。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る