第8章 13 潜入

 アグネスとエーリカが馬車に乗って30分程が経過した頃―。


1台のタクシーがシュバルツ家の前で停車した。そして中からフード付きのマントを身に付けた4人の男たちが無言で降りて来た。タクシーは彼らを下ろすと、また何事も無かったかのように走り去って行った。


「…大丈夫だろうか…。あの運転手余計な事を言わなければ良いが…」


フードを目深に被って口を開いたのはグスタフであった。


「大丈夫でしょう。口止め料として多めに運賃を支払いましたからね」


同じく目深に被ったフードで顔を隠しているのはリカルドである。


「リヒャルト様、手筈は全て整えて有りますからご安心ください」


「ああ。君達を信用しているよ」


リヒャルトは笑みを浮かべて頷く。


「19時になったらジャックがこの扉を開くことになっています」


リカルドが固く閉ざされた扉に触れながら言った。


その時―


ギィ~


目の前の扉がゆっくり音を立てて開いた。そして扉の奥からジャックの姿が現れた。


「ジャック、ご苦労だったな」


リカルドがフードを少しだけ上げて、ジャックを見た。


「いえ。これくらいどうって事無いです。誰かに見られるとまずいです。すぐに全員中へお入り下さい」


ジャックに言われ、全員が素早く屋敷の中に入ると、すぐに扉は閉ざされた。


屋敷内に入るとリヒャルトが口を開いた。


「懐かしいな。久々の我が家だ…」


しかし、次の瞬間顔が曇る。


「何て事だ…っ!」


ヴィクトールが忌々し気に唇を噛んだ。グスタフも思わず眉をしかめる。彼らがそのような表情を見せるのにはわけがあった。なぜなら屋敷内に置かれた数々の美しい調度品が軒並み消えうせていたからである。床に敷き詰めてあった赤いカーペット迄無くなっている。


「これは一体どういう事なのだ…」


思わず唸るリヒャルトにジャックが言った。


「はい、アグネス親子は大変な浪費家でこの屋敷の財産に手を伸ばしています。ほぼ毎日の様に商人たちが出入りし、お金になりそうな調度品や美術工芸品を持ち去って行っています。ここに敷かれていたカーペットは3日前に持っていかれてしまいました…」


「何て事だ…!早いところあの親子をこの屋敷から追い出さないとシュバルツ家は食い潰されてしまう!」


忌々し気にリヒャルトは言う。


「ええ、勿論です。その為に我々は屋敷に潜入したのですから。アグネス親子が戻って来るにはまだ当分時間はありますが…急いだ方が良いでしょう」


リカルドの言葉にリヒャルトが頷く。


「ええ、分りました。私の遺言状は自分の書斎に隠してあります。急ぎましょう」


『はい!』


リヒャルトの言葉に、その場にいた全員が返事をした―。









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