第8章 12 リヒャルトとヴィクトール
ジャックがメイドにオペラの招待状を渡した数日後―
「皆さん、聞いてください。ジャックがアグネスと娘のエーリカにオペラの招待状とレストランの招待券を無事手渡せたそうですよ」
リカルドはスイートルームの部屋に入って来るなり、その場にいた全員に報告した。
「どうもありがとうございます」
ヴィクトールがお礼を述べた。
「ふ~…しかし、この季節のカツラは頭が蒸れて仕方が無い…」
赤毛のカツラを外し、口元の付け髭をむしり取るとリカルドはYシャツの袖を腕まくりした。
「シャワーでも浴びてきたらどうです?」
リヒャルトがリカルドに声を掛けた。
「ええ、そうさせて頂きます。ところでグスタフ氏からは連絡は来ていますか?」
リカルドの質問にリヒャルトは頷いた。
「ええ。半分近くの元シュバルツ家の使用人たちと連絡が取れて全員があの屋敷を取り戻した暁には今まで通り屋敷で働きたいと申し出てくれたそうです」
「そうですか。それは良かった。やはり貴方にはそれだけの人望があったと言う事ですね」
リカルドは笑みを浮かべるとバスルームへ消えて行った。するとヴィクトールがリヒャルトに声を掛けて来た。
「リヒャルト様…本当に我らと一緒に屋敷へ潜入するおつもりですか?」
その表情は硬かった。
「ああ、勿論だ。あの屋敷の細部まで知り尽くしているのは子供の頃からずっとあの場所で暮らしていた私なのだから。あの屋敷の正当な相続人はスカーレットなのだ。私は1年ごとに弁護士の元で遺言書を書き直しているが、一度たりとも相続人を変更した事は無い。それに私の直筆サインが無ければ遺言書を書き換える事は不可能だし、その遺言書はあの屋敷に隠してある。隠し場所は3重扉でしっかり覆われているだけでは無く3つのナンバーキーによってロックされている。絶対にアグネスには私の遺言状は見つけられないよ」
ヴィクトールはリヒャルトの話に感嘆のため息をついた。
「…まさかそこまで厳重に管理されているとは思いませんでした。そこまで徹底されているのであればあいつらに見つかることは無いでしょうね?」
「ああ、そうだ。だが…これ以上あの屋敷を乗っ取られ続け、あの悪魔たちに大切な財産を奪われるわけにはいかない。なんとしても今月中に決着を付けなければ…」
するとヴィクトールは言った。
「リヒャルト様。私は何所までもリヒャルト様について行きますよ。恐らくそれはグスタフにしても同じことが言えると思います」
「そうか…ありがとう。ヴィクトール」
リヒャルトは笑みを浮かべた。
そして、時は流れ…アグネスとエーリカがオペラへ行く日がやってきた―。
****
オペラ当日―
アグネスはエントランスに見送りに来ていた使用人達をグルリと見渡すと言った。
「いいこと、お前達。もし私達の留守中、誰か尋ねて来る事があっても絶対に屋敷の中へ入れては駄目よ。そしてどんな相手で用件は何だったのか必ず聞きだす事、いいわね?」
使用人たちは一斉に『はい』と返事をした。その返事を聞くと、アグネスとエーリカは満足げに馬車に乗り込み、オペラ会場へ向かった。そして2人を乗せた馬車が見えなくなると使用人たちは一斉に互いの顔を見渡すのであった―。
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