第8章 11 シュバルツ家にて


「全く…まだリヒャルトの行方が分からないのっ?!」


アグネスは自室で手紙を読んでいた。その手紙は『ベルンヘル』の警察署長の忠実な部下からの手紙だった。手紙には運河のバラック小屋からリヒャルトが忽然と消えてしまい、行方が分からなくなってしまった事。そして署長が麻薬の裏取引に関わっている容疑を掛けられ、警察署内で軟禁状態にされている事が書かれていた。


「何て事なの…?!逃がすなんて…!」


アグネスは忌々しげに手紙を机の上のアルコールランプの炎に近付けた。途端にメラメラと赤い炎を出して燃えてゆく手紙。火の着いたアルコールランプをそのまま暖炉に持っていくと無言で萌え続けている手紙を放り込んだ時にエーリカが部屋の中へ入ってきた。


「ヒック。な〜にしてるのよ。お母さん」


エーリカの手には空になった酒瓶が握られている。


「エーリカッ!昼間からお酒を飲んでいるとは何ですかっ!」


「仕方ないでしょう?お酒でも飲まなきゃやってられないわよ!未だにアンドレアの行方は分からないし…マックは相手にしてくれないし…」


「マック?マックって誰よ?」


「あら〜知らないの?最近使用人として入ってきた若い男よ。ここにいる使用人の男達は全員味見したけど、マックだけはまだなのよね」


その言葉にアグネスは眉をしかめた。


「全く何て下品なの?本当に大概にしなさいよ。今に子供でも出来たらどうするのよ?」


「それなら大丈夫よ。そのへんは気をつけているから。大体…私が妊娠でもしたら相手の男が一番困るんじゃないの?使用人のくせに仕えている屋敷の娘に手を出したなんて事が世間に知られたら」


「本当に…なんて娘なの?」


アグネスは忌々しげにエーリカを見た。


「ふん、元娼婦のお母さんに何も言われたくないわね」


およそ母娘の会話には思えないような恐ろしい話を扉の外でマック…もとい、シュバルツ家に使用人として潜伏しているジャックは立ち聞きをしていた。


(この母娘…まともじゃないな…それにしても困った。オペラの招待状を渡したいのにエーリカがいるなら部屋に入ることが出来ないし…)


そこへ洗濯物を持った1人の若いメイドがやってきて声を掛けてきた。


「あら、マック。こんなところで何をしているの?」


「あ、いや…奥様とお嬢様宛てにオペラの招待状が届いたからお渡ししたいんだけど、お嬢様が今部屋にいらっしゃるから…」


するとメイドは面白そうに言った。


「そう言えばマックはお嬢様に気に入られていたものね〜私が渡してあげましょうか?」


「本当かい?それは助かるよ。その代わりに俺が洗濯物をしまってくるから」


「それだけじゃ嫌だわ」


「?」


ジャックは首を傾げた。


「今日のお昼、2人で中庭で食べてくれる?」


「あ、ああ…いいよ。それくらいのこと。お安い御用さ」


ジャックは笑みを浮かべるとメイドは顔を赤くすると言った。


「ほ、ほら。奥様あてのお手紙貸してよ」


「ああ、宜しく」


ジャックは洗濯物を受け取り、メイドに手紙を渡した。


「それじゃよろしく頼むよ」


「ええ。じゃあ13時に中庭でね。いい?必ず来てくれなくちゃお嬢様に引き合わせるからね?」


半ば脅迫めいた言い方をするメイドにたじろぎながらジャックは返事をした。


「あ、ああ。勿論。必ず行くよ」


「本当?嬉しい!それじゃあまたね」


「ああ」


それだけ返事をするとジャックは足早にその場を後にした。そして歩きながら思った。


早く元の現場に戻りたい…と―。


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