第7章 6 リヒャルトの過去 1
その日の夕食の席―
食卓にはアリオス、スカーレット、リヒャルトにブリジットが着いていた。カールには申し訳ないが席を外してもらい、代わりにザヒムがカールと食事を共にしてくれている。
「アリオス様、今宵は私の為にお時間を頂き誠にありがとうございます」
リヒャルトはアリオスに頭を下げた。
「いえ、何を仰るのです。当然のことではありませんか。それよりも内輪の話を私まで伺って良いのかどうかと思っているほどです」
アリオスは恐縮した様子で言う。
「ええ、勿論です。私が不甲斐ないばかりに罠に落ちてしまい、挙句の果てにシュバルツ家を乗っ取られてしまい、スカーレットを…そして屋敷に仕える大切な使用人たちを…バラバラにしてしまいました…」
リヒャルトは悔しげに言う。
「お父様…」
隣の席に座るスカーレットはそっと父の手に触れると言った。
「何があったのか…全て話して頂けますね?」
「勿論だよ…」
そして、リヒャルトは語り始めた―。
****
それは季節がまだ3月…暦の上では春だったが、まだまだ肌寒さが残る季節だった。
リヒャルトは領地経営の新規開拓事業を始めるにあたり、外国でコーヒー農場を経営し、成功を収めた友人の元を尋ねるべく、1人で船に乗り込んだ。その国は南部の地域に当たり、船で半月はかかるほどの遠方にあった。リヒャルトは3月半ばに出発し、4月の上旬にようやく目的地にたどり着いた。そこで友人の屋敷で世話になりながらコーヒー栽培のノウハウを教わり、試しに栽培をしてみる為に一株のコーヒーの苗木を分けてもらい、帰路に着いた。
そして途中船の乗り換えの為に立ち寄った『ベルンヘル』の国で、あの母娘に出会ったのである。
リヒャルトはこの日、寄港した町で宿屋を探していた。
「何処かにホテルは無いだろうか…?」
リヒャルトは旅行カバンを片手に日が暮れかかった町の中を歩いていた。その時―
「このアマッ!いい加減にしやがれっ!」
路地裏で男が怒鳴りつける声が聞こえてきた。
「やめてっ!離して下さいっ!」
女性の甲高い声が聞こえてくる。
「うるせえっ!!」
パンッ!!
怒鳴り声と共に乾いた音が響き渡った。
(まさかっ!)
リヒャルトは慌てて路地裏に駆け込むと、1人の男が女性の腕を乱暴に掴み上げている。女性の顔は赤くなっていた。
(まさか?!叩かれたのかっ?!)
「おい、君!女性に手を挙げるなど紳士のする事ではないぞ?!」
リヒャルトの言葉に男はこちらを向くと言った。
「何だ?てめぇは…関係ないやつは引っ込んでいろ。粗末な身なりの癖に言葉遣いだけは一丁前な口叩きやがって」
リヒャルトはあまり治安の良くない地域に出かける時は、あえて粗末な身なりをしていた。なのでこの時、男はリヒャルトが貴族であるということには気付かなかったのだ
「いや、女性に手を出すような男を前にして引っ込んでいるわけにはいかない。早くその女性から手を離すんだ」
「うるせぇっ!」
男がリヒャルトに向かって飛びかかってきた。しかし、リヒャルトは貴族である。この時代、男性貴族は体術や剣術を学ぶのは貴族としては当然の事だった。リヒャルトはそして優秀な男だった。飛びかかってくる男を軽々とかわし、腕をひねり上げるとそのまま硬い地面の上に叩き落とした。
「グハッ!」
ドスンッ!!
ものすごい音と共に、背中を激しく打ち付けた男は苦しげな声を上げた。
「どうだ?まだやるつもりか?」
リヒャルトは冷たい瞳で男を見下ろす。
「お、覚えてろっ!」
男は背中をさすりながら、早足でその場を去っていった。
「大丈夫でしたか?」
リヒャルトは女を振り向いた。
「は、はい…ありがとうございます」
女は顔を上げてリヒャルトを見た。その女こそ、アグネスであった。
これが、2人の出会いであった―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます