第7章 13 父と娘

「勿論です。そちらの件が落ち着くまでは私が責任を持ってスカーレットとブリジットをお預かりします」


アリオスの言葉にスカーレットは驚いた。


(え…?アリオス様…それではお父様があの屋敷を取り戻した暁には…ここから出て行けと言うことなの…?)


スカーレットは今の生活にすっかり馴染んでいた。カールに勉強を教えるのはやりがいがあった。カールと一緒の食事も楽しかったし、チェスター家で働く使用人の人達は皆親切にしてくれた。

そして…。

スカーレットはアリオスを見た。すると偶然2人の目が合った。


「スカーレット、リヒャルト様が迎えに来るまでは…引き続きカールの家庭教師を頼む」


アリオスは笑みを浮かべてスカーレットを見た。


「はい、分りました。精一杯頑張ります」


スカーレットも微笑み返したが…その笑みが自分でぎこちない事に気が付いていた。

そんな二人の間に流れる空気をブリジットは敏感に感じ取っていた。


(恐らく、スカーレット様とアリオス様は…お互いの事を思いあっているはず…。なのに気持ちを打ち明ける事が出来ないのだわ…)


そして思った。


このまま2人はお互いの気持ちを知らないまま…別れを告げてしまうのだろうか…?と―。




****


 リヒャルトの部屋はスカーレットの隣だった。食事が終わり、アリオスに別れを告げた3人は廊下を並んで歩いていた。


「お父様…先程聞けなかった事があるのですが…」


「何だい?」


リヒャルトはスカーレットに視線を向けた。


「お父様はずっと『ベルンヘル』の警察署長の監視下に置かれていたのですよね?」


「ああ、そうだよ」


「その署長はまだまだ役立って貰うとお父様に言ったのですよね?一体…お父様に何をさせるつもりだったのでしょうか…」


スカーレットの身体は小刻みに震えていた。先程のリヒャルトが体験した話は余程恐ろしかったのだろう。


「さぁ…私も良くは知らないのだ。何しろアヘン中毒にされてしまって…その後は自分との闘いの日々だったからな…」


それはまさに地獄の様な日々だった。アヘンが切れた時の苦痛は想像を絶するものだった。アヘンを摂取すれば、その苦痛は緩和される。しかし、それでは意味がない。リヒャルトは小屋の中で発見されてすぐにアヘン治療を受けたのだった。精神は崩壊寸前だったが身体の何処かでは禁断症状に苦しんだ記憶が何となく残っていた。


「そうだったのですね」


スカーレットはポツリと言う。


「旦那様。いつ『リムネー』に戻られるのですか?」


ブリジットが尋ねて来た。


「明日の朝には出発する。あまりゆっくりはしていられないからな」


「そうなのですね…」


スカーレットが寂し気に呟く。ヴィクトールがどこにいるかは居場所は別れ際に事前に聞かされていた。夕食の前にはリヒャルトに場所を伝えてある。


「どうした?スカーレット」


リヒャルトが元気の無いスカーレットに声を掛けた。


「いえ…折角お父様が戻って来られたのに…またすぐにお別れになってしまうのが…寂しくて…」


「スカーレット」


リヒャルトは娘の肩を抱き寄せると言った。


「大丈夫だ、なるべく急いで決着をつけるから…それまでどうか待っていてくれ」


「はい、お父様」


父と娘は寄り添いながら部屋を目指した―。

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