第9章 3 包囲網

 『リムネー』の警察署にアグネスは渋々やってきた。目の前にそびえ建つ3階建ての建物を憂鬱な気持ちで見上げている。


(全く…警察は苦手だって言ったのに、こんなところまで来させられるなんて…)


アグネスは溜息をつくと警察署の中へ入って行った。




「すみません。アグネス・シュバルツと申しますが、娘がこちらにお世話になっていると言う事で引き取りに参りました」


警察署に入るとカウンターに座っている若い警察官にアグネスは声を掛けた。


「少々お待ちいただけますか?」


警察官は立ち上がると、奥へと消えて行った。


(全く…居心地が悪いったらありゃしないわ)


アグネスは警察署の長椅子に座りながら、なるべく顔を隠す様に座っていた。何しろカウンターの向こう側には自分の敵となるべき相手かもしれない警察官が大勢働いているのだから。


(早く…早くここを出なくちゃ…)


アグネスは爪を噛んだ―。



****


コンコン


「署長。アグネス・シュバルツが姿を現しました」


署長室の扉がノックされた。部屋の中には『リムネー』の警察署長の他に、リカルド、リヒャルト、ヴィクトールにグスタフが椅子に座っている。


「ああ、分った。10分ほど待たせておけ」


警察官の制服を着用した口髭を蓄えた60代と思しき警察署長が返事をする。


「はい、承知致しました」


外側から声が聞こえ、すぐに足音は通ざかって行った。


「やはり来たようですね」


リカルドが警察署長に言った。


「ああ、それは当然だろう。いくらあの女が犯罪歴があったって娘の事になれば嫌でも来ないわけにはいかないからな」


「それで…エーリカの様子はどうなのです?」


リヒャルトが尋ねた。自分もアヘン漬けにされた経験があるので、エーリカの事が気になったのだ。


「私が彼女を発見した時は酷い有様でしたよ。相当量のアヘンを吸わされたらしく、正気を失っていました。しかもアヘン漬けの挙げ句、娼館で働かされていたのですから。まさに人権を踏みにじっていますよ。今も正気を失っていて、睡眠薬で眠らされた状態で留置所にいれられています」


リカルドが答えた。


「自業自得ですよ。悪いですが、私はエーリカに同情はしません。アンドレア様…との婚約が破棄されたことはある意味感謝するべき所かもしれませんが、何せあの女の娘です。そしてスカーレット様を追い払い…我々の居場所を全て奪った憎い敵です」


グスタフは敵意を隠すこと無く言う。


「落ち着け、グスタフ。警察署長とリヒャルト様の前だぞ」


ヴィクトールが嗜める。


「…申し訳ございません。つい…」


グスタフは頭を下げた。


「過去のアグネスの犯した犯罪歴とベルンヘルの警察署長との黒い関係…アグネスさえ逮捕すれば、あの男も全て終わりです。ようやく我々の悲願が達成されますよ」


リカルドが笑みを浮かべた。


「さて…そろそろアグネスの元へ向かうとしますか。あの女、居心地の悪い警察署で待ちぼうけを食わされ、さぞかし苛ついてるだろう。」


署長はニヤリと笑うと、椅子から立ち上がった。


そしてリヒャルト達も全員立ち上がった。アグネスを追求する為に―。

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