第9章 2 娼館の女

 木の扉を開けるとそこは小さな部屋だった。大人2人が何とか寝れそうな粗末な気のベッド。床も壁も天井も全て木で出来ていて、小さな窓が1つついているのみ。部屋の中は薄暗く、隣から男女の情事の声が漏れて聞こえてくる。


(何て劣悪な環境の娼館なんだ…っ!これでは女性達にもまともな給料を支払っているとは思えないぞ?第一薬を使うなど犯罪だ!)


これは絶対に取り調べの対象になる店だと思いつつ、ルカルドは男を振り返った。


「ところで女の姿が見えないが?」


すると男は言う。


「へへへ…旦那、よく見て下さい。ほら、ベッドの掛布が盛り上がっているじゃありませんか?」


「ん?そうだな」


あまりに薄暗く、リカルドは気付かなかった。男はズカズカと部屋に入り、バサリと掛布を剥がした。


「イヤアアアッ!!」


途端に叫び声が聞こえ、ベッドの上には身を縮めている女が目に飛び込んできた。

リカルドはその光景に目を見開いた。


「おい!ちょっと待て!一体どういう事だっ?!この女…何も身に着けていないじゃないか!」


そう、掛布を剥がされて現れた女は裸だったのだ。


「ああ?当然じゃないですか?ここは娼館ですぜ?どうせする事は決まってるんだ。服などいらんでしょう?」


「いやあ…いやあ…もう許してぇ…」


だが、理由はそれだけではない。恐らく逃げ出せない様にする為に衣服を与えていないことは容易に想像がついた。

女は身体を隠しながらガタガタ震えている。リカルドは無言で女に近付くと床に落ちていた掛布を拾い上げ、女にパサリとかけると尋ねた。


「エーリカ…か?」


すると掛布を強く握りしめ、震えながら女は顔を上げると言った。


「わ…たし、エーリカ…」




****


5日後―



「何ですってっ?!エーリカが見つかった?!」


自室にいたアグネスがジャックからの知らせに立ち上がった。


「はい、奥様。警察から連絡が入りました。2日前に違法な営業を行っていた娼館が摘発され、経営者が逮捕されました。娼館にいた女性達は全員警察に保護され、そのうちの1人の女性がエーリカ様だったそうです」


「何ですってっ?!エーリカが警察に?!しかも娼館にいたと言うのっ?!」


「は、はい。そうです…」


神妙な面持ちで返事をするジャックにアグネスは青ざめるとソファに座り込んだ。


(な、何て事なの…っ!ただでさえ警察は苦手なのにエーリカが警察に保護されているなんて…しかも娼館にいた?訳が分からないわ!)


「奥様、エーリカ様を迎えに行かないのですか?」


ジャックの言葉に頭を抑えたアグネスが言う。


「…お前が行ってきなさい」


「奥様、それは無理です。警察は身元引受人でなければ引き渡さないと言っております」


「お前がなればいいでしょうっ?!」


「いいえ。それも無理です。血縁関係のある者しか引き渡さないと警察は言っています」


しかし、それは真っ赤な嘘だった。アグネスを警察署に呼び寄せる為の罠である。

エーリカ発見後、何故5日も時を要したかと言うと、それは過去のアグネスの犯罪歴を全て洗い出す為であった。


 エーリカを発見した時、リカルドはある計画を立てたのだった。


アグネスを捕らえ、さらに軟禁状態にあるベルンヘルの署長を正式に罪人として捕らえる計画を―。

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