第9章 4 署長とアグネス

 アグネスが警察署にやってきてから、40分が経過しようとしていた。


(全く…一体いつまで人を待たせるつもりかしら!)


アグネスはかなり苛立ちが募っていた。普通の状況なら、いつまで待たせるのだと文句を言っていただろう。しかし、今回ばかりはそうはいかない。何しろここは警察署。アグネスにとっては敵の陣地にいるようなものである。自分が犯罪者であることは十分自覚している。ひょっとすると人相書きまで出回っているかもしれないのだ。


(いっそ急用が出来たと言って帰ってしまおうかしら…。エーリカならまだここに預かって貰えばいいし…それにしてもエーリカったら、警察に保護されるなんて…とんだヘマをしてくれたわね…!)


何とアグネスはエーリカがアヘン漬けにされて娼館で働かされていたことを少しも心配などしていなかったのである。むしろ変な病気や子供でも出来ていたら大迷惑だとしか考えていなかったのだ。


(本当に…子供なんか持つべきじゃ無かったわ…。失敗したわね…)


深いため息をつきながら頭を抱えた時、不意にすぐ傍で声を掛けられた。


「どうもお待たせして申し訳ございませんでした。アグネス様。私はここの警察署長であるトニー・ロイドと申します」


ロイド署長は長椅子に座っているアグネスの前に現れるとにこやかな笑みを浮かべながらアグネスに挨拶した。彼の背後には屈強そうな2人の警察官が控えている。


「え?あ…ど、どうも…」


(やだ!いつの間に近くに立っていたのよ…!)


考え事をしていたアグネスはロイド署長が傍に立っている事に気付かなかったのだ。アグネスはびくびくしながら伏し目がちに挨拶した。アグネスの頭の中は混乱していた。


(何なの?何故エーリカを引き取りに来ただけで署長がやって来るのよ!)


もはやアグネスは緊張がピークに達し、喉がカラカラになっていた。するとそんなアグネスの気持ちを察したのか、ロイド署長が言った。


「待たされ過ぎて喉が渇いているのではないですか?良かったら特別な部屋へご案内致します。そこでじっくりお話致しましょう」


それは…有無を言わさないものだった―。



****


 まるで半ば連行されるかのような状況でアグネスは長い廊下を歩いていた。彼女の前にはロイド署長、背後には2人の屈強そうな警察官が張り付くように歩いている。どうにも逃げようも無い状態でアグネスは黙って廊下を歩いていた。


「この部屋ですよ」


突如、前を歩くロイド署長が扉の前でピタリと足を止めた。


「あ、あの…こ、ここにエーリカがいるのですか…?」


ビクビクしながらアグネスは尋ねてみてもロイド署長はそれには答えず、扉をガチャリと開けると言った。


「さ、どうぞお入り下さい」


「は、はい…」


扉をくぐったアグネスは次の瞬間、息を飲んだ。天井近くにある窓、むき出しのコンクリート壁に部屋の中にあるのは長い木製のテーブルに木製の椅子が何客か向かい合わせに置かれている。そして部屋の中は薄暗く、テーブルの上にはオイルランプが揺れている。


思わずハッとなってロイド署長を見上げた。そんなアグネスを見てロイド署長は笑みを浮かべながら言った。


「さ、中へ入って下さい。お話したい事が山ほどありますのでね」


ロイド署長の目には…鋭い光が宿っていた―。


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