第5章 19 オールマイティな男

「アリオス、お待たせ。お湯と茶葉、それにティーセットを貰って来たぞ。」


トレーにお茶を淹れるセット一式を持ってザヒムが戻って来た。


「ああ、悪いな」


書類に目を通していたアリオスが顔を上げた。


「おい、アリオス。また仕事していたのか?お茶を飲み終わるまで少し休んでいればいいじゃないか?」


「ああ。だが…」


アリオスはそこで言葉を濁した。実はアリオスは『リムネー』の旅行から帰ってから、なるべくカールとスカーレットと一緒に食事を取るように心がけていたのだ。それはカールの傍に少しでもいてやりたいと思う気持ちと、スカーレットともっと交流を深めたいと思う気持からだった。


「どうかしたか?」


ザヒムはアリオスが途中で言葉を切ったので不思議そうな顔で尋ねた。


「いや、何でもないさ」


「そうか?まあ別に構わないけどな。よし、それじゃ早速お茶を淹れよう。少し時間がかかるからお前は休んでろ」


「あ、ああ…」


アリオスは書斎用デスクの前から立ち上がるとソファに移動して横になって目を閉じた。部屋には茶葉の良い香りが漂い、ザヒムの機嫌よさげな鼻歌が聞こえてくる。少しだけウトウトしかけた頃、ザヒムが声を掛けて来た。


「おい、アリオス。起きろよ」


「ん…?」


アリオスはパチリと目を開けると、何と眼前に自分の顔を覗き込んでいるザヒムがいた。


「うわっ!」


慌てて飛び起きるとアリオスは言った。


「な、何だ?そんな近くで覗かれていたら…驚くじゃないか」


「いやぁ…悪い。本当に眠っているか気になったから…それよりもほら、紅茶が入ったから早速飲んでみろよ」


見るとソファの前に置かれたセンターテーブルの上には紅茶とクッキーが乗っている。


「ザヒム…クッキーまで持ってきたのか?」


「ああ。これは俺が自分で焼いたクッキーさ」


その言葉にアリオスは驚いた。


「な、何だって?!お前…料理もするのか?」


「ああ、当然だろう?俺は今一軒家を借りて1人で住んでいるんだから」


「いや、それはそうなんだが‥‥てっきり住み込みの家政婦でも雇っているかと思っていたんだ」


「いや、俺は1人で自由に暮らしたいからな。それに家事も面白いぞ?料理や掃除…家事はどれも奥深い」


「そ、そうか…本当にお前はオールマイティな人間なんだな。では紅茶を飲んでみるか」


アリオスは早速ティーカップに手を伸ばし、一口飲んだ。


「…美味しいな…苦みも無いし、香りが素晴らしい。」


「だろう?紅茶っていうのはお湯の温度が重要なのさ」


ザヒムは言いながら紅茶を飲む。そしてクッキーを口に入れた。それを見たアリオスもクッキーをつまんで口に入れると、甘さを控えたクッキーにフワリと紅茶の香りがする。


「このクッキーも美味しいな。紅茶の香りがする」


「ああ。茶葉をクッキー生地に練り込んであるからな。それよりアリオス。実はさっき厨房に行く道が分らなくて、偶然廊下で出会った女性に尋ねて場所を教えてもらったんが…それが物凄く美しい女性だったんだ。始めは侍女かと思ったのだが、そんな雰囲気でも無かったし…」


「どんな女性だったんだ?」


アリオスは紅茶を飲みながら尋ねた。


「金色の長い髪の女性で…とにかく物凄い美人だった。いや~まるで妖精みたいだったな…」


アリオスはその言葉にピンときた。


(まさか…スカーレットの事だろうか‥?)


ザヒムは気配りも出来て、頭も切れる。話術にも長け、おまけにハンサムであった。大抵の女性はザヒムに夢中になっていた。だからスカーレットの事は出来ればザヒムには紹介したくは無かったが、逆に自分の婚約者だと伝えておいた方が良いかもしれないとアリオスは考えた。


「恐らく、その女性は‥‥スカーレット。俺の婚約者だ」


アリオスはスカーレットが仮の婚約者であることを伏せて、ザヒムに言った―。


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