第1章 29 推薦状

 スカーレットと弁護士はテーブルの向かい合わせに座った。ブリジットは他のメイド達を下がらせるとスカーレットの隣に座り、弁護士に尋ねた。


「それで・・どのような内容のお話なのですか?まさか・・またしてもスカーレットお嬢様を追い詰めるようなお話ではないでしょうね?」


すると弁護士は大げさな程の素振りで言う。


「いいえ・・・とんでもありません。これは・・私なりにスカーレット様のお力になれる用に精一杯考え抜いた提案であります。」


「私の力になれる提案・・?」


スカーレットは首を傾げる。


「はい、さようでございます。実は・・・ここから汽車で3時間程に西に向かうと『ミュゼ』と呼ばれる大都市があります。この都市には多くの貴族が住んでおり、以前私が顧問弁護士をしておりました名門侯爵貴族・・・チェスター一族の方々が住んでおります。こちらにはまだ幼いお子様がおりまして・・住み込みの家庭教師を探しておられます。」


「住み込みの・・家庭教師ですか?」


ブリジットは弁護士を見た。


「はい。何しろ名門貴族ですので家庭教師の身元はしっかりされている方を希望されております。ですので・・・私は是非ともスカーレット様を推薦させて頂きたいと思っております。・・・いかがでしょうか?」


「家庭教師・・・。」


スカーレットは呟いた。


「はい、一般教養として語学、歴史、算術・・そしてピアノが出来る家庭教師を探しておられるのですが・・スカーレット様はピアノは引く事が出来ますか?」


するとブリジットが答えた。


「当然ではありませんか。スカーレットお嬢様は3歳からずっとピアノを習ってこられたお方ですよ?」


「ええ・・教養程度のピアノでしたら・・・教える事は出来ますが・・・。」



「作用でございますか?では早速本日中にチェスター家に電報を打って連絡させて頂きます。もう・・あまりお時間はありませんからね・・・。」


弁護士の言葉に再びスカーレットの顔が曇る。


「そうですよ!あ・・あまりに横暴ですっ!まだ・・・リヒャルト様は亡くなられたかどうかも分らないと言うのに・・葬儀など・・。」


そこまで言いかけて、ブリジットはスカーレットが項垂れていることに気付き、慌てて言った。


「も、申し訳ございません、スカーレット様。つい・・・。」


「いいのよ・・ブリジット。実際お父様が行方不明なのは・・・本当の事だから・・。」


「スカーレット様・・・。」


ブリジットはそっとスカーレットの肩に触れると弁護士に言った。


「それにしても葬儀の後、喪が明ける前に・・早々に出て行けと言うのはあまりに酷すぎます。何とかならないのですか?!」


「申し訳ございません・・・。私もそれはあまりに横暴だと申し上げたのですが・・・文句があるなら別の弁護士を雇うと言われました。」


「それでは・・・何を訴えても、もう無理・・・と言う事なのですね・・?」


スカーレットは声を震わせた。


「はい・・・。なので、せめて私の出来る事は・・スカーレット様の推薦状、およびこちらで働かれていた方々の推薦状を作成する事が限界です・・。」


弁護士は沈痛な面持ちで言う。


「・・・それでも推薦状を書いて頂けるのは・・とても感謝しております。ありがとうございます・・。」


スカーレットは弁護士に深々と頭を下げた。


「いえ、私の方こそ力が足りず・・申し訳ございません。それでは早速書類の作成に取り掛かりますので失礼致します。」


弁護士は立ち上がり、頭を下げると部屋を後にした。



パタン・・・


ドアが閉じられ、部屋にスカーレットとブリジットのみが取り残された。


「スカーレットお嬢様・・無事にチェスター家の家庭教師になれるとよいですね。」


「ええ・・・神様にお祈りするわ。ブリジット・・・後わずかしか一緒にいられないけれど・・それまで私の傍にいてね・・?」


「もちろんです。スカーレット様・・。」


そして2人は手を取り合った―。




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