第8章 15 レストランで
21時―
大勢の客で混雑しているレストランのテーブル席でアグネスとエーリカがワイングラスを片手に会話をしていた。
「あ~…それにしてオペラなんて観たの何年ぶりかしら…素敵だったわ」
ワインでほろ酔い気分のアグネスがうっとりした眼つきで白身魚のソテーを口に入れる。
「そうね。お母さんが高級娼婦をやっていた時代だから…もう3年ぶりくらいじゃないかしら?」
エーリカはチキンをナイフでカットしている。
「エーリカッ!よしなさい!こんな場所でそう言う台詞を言うなんて…恥ずかしくないのっ?!」
アグネスは娘を叱責する。
「何よ、いいじゃないのよ。それ位…だって本当の事なのだから」
言いながらエーリカはチキンを口に入れた。どこかイライラしている様子のエーリカにアグネスは首を傾げた。
(一体どうしてエーリカはこんなに不機嫌なのかしら…?)
「エーリカ、ひょっとするとオペラがつまらなかったの?」
「別につまらなかったとは思っていないわ。ただ取り上げられた題材が不愉快だっただけよ」
「どこが不愉快だったのよ。素晴らしい内容だったじゃないの。歌も内容も…」
「その内容が大問題なのよ!何よ…あれは。高級娼婦と貴族の恋物語なんて…結局そのヒロインは子供まで産んだのに、相手の貴族の男から捨てられて、彼はさっさと別の貴族女性と結婚するって内容だったじゃないの?」
「それのどこがいけないのよ?」
アグネスは再びワインをグイッと飲み干すと言った。
「まるで今の私達の状況に似てるとは思わないの?元高級娼婦とその娘…貴族の独身男にうまく近付いたものの、遺産相続に関する遺言書も家紋の入ったリングも見当たらないから正式に屋敷を手に入れる事も出来ない‥こんなのただの不法占拠だと思わないの?」
エーリカはイライラしながら食事を続けた。しかし、エーリカがイライラしているのはオペラの内容とシュバルツ家に関する不安だけでは無かった。アンドレアから一方的に離婚届が自分の元に送られ、それきり行方知れず。やけを起こしたエーリカは屋敷中の若い男たちを手当たり次第引っ掛け、抱かれてみても虚しさが募るだけ。そしてつい最近新たに雇われた若いフットマンのマックはいくらエーリカが誘惑しても
決してなびく事は無く、逆に迷惑そうな顔を向けて逃げていく。
(こんな状況…イラつかないはずないでしょう?!)
「エーリカ。少し化粧室へ行って来るけど…問題を起こさないようにしなさいよ?」
アグネスが席を立つとエーリカに声を掛ける。
「分ったわよ」
ふてくされ気味に返事をするとアグネスは溜息をついて、化粧室へと向かった。
(全く…面白くないわ!)
やけ酒の様にグイッとワインを煽っていると、何やら視線を感じた。
「?」
視線を感じた方向に目をやると、軽薄そうな若者2入が地酒を飲みながらエーリカを見てウィンクをしてくる。
(何よ?私を誘っているの?…でも、それもいいかもね…)
そしてエーリカは席を立つと、男たちのテーブルへふらふらと歩いていく。
「…」
そしてその様子を黙って見つめている人物がいたことにエーリカは気付いていなかった―。
****
「あら?エーリカ?」
化粧室から、戻って来たアグネスはテーブルについていたエーリカの姿が見えない事に首を傾げた。
「あの娘ったら…一体何所へ行ってしまったのかしら?ワインだって飲みかけ、料理も残っているし…」
するとそこへ不意に背後から声を掛けられた。
「こんばんは」
「!」
不意に声を掛けられたアグネスは文句を言いながら振り向いた。
「ちょ、ちょっと何だって言うの?驚かさないで頂戴よ!」
そしてその人物を見上げたアグネスは驚きで息を飲んだ―。
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