タオジ 昔馴染みとのお茶
竜化国の首相を務めるタオジは、竜人である。その事実を知る者は、少なくとも政府機関の中にはいない。
知っているのは、竜人の里をまとめる里長であるニーザくらいのものだ。最近アルシナとヴェルドも教えられたらしいが、問題はない。
人の体で齢八十を迎えたタオジは、首相室の椅子からゆっくりと立ち上がった。そして手を貸そうとする秘書を手で制し、おおらかに微笑む。
「今日のスケジュールは全て果たしたかな?」
「はい、首相。帰宅されますか?」
「その前に、昔馴染みに会いに行こうと思う。ああ、きみも帰宅してくれたまえ」
「はっ」
秘書の青年を先に帰し、タオジは「さて」と中央議会堂を出た。
普段、首相の仕事は夕刻には終わらない。各部署への指示から書類の確認や捺印、更には客との会食まで多岐に渡る仕事をこなす。八十歳の老人には酷な仕事だが、ただの老人ではないタオジには関係のない話だ。
スーツを着こなし、よろけることなく一定のスピードで町を歩く。彼を竜化国の首相と気付く人はいない。皆、家に帰ることで頭がいっぱいだ。
(お疲れ様、だな)
道行く人々の労をねぎらいながら、タオジは待ち合わせ場所である寂れた喫茶店へと向かう。それは彼が竜人の世界を出た頃から通っている店であり、マスターはそれから二代目だ。
カランコロン。聞き慣れたドアベルの音を聞き流し、タオジは板張りの床を歩く。
「いらっしゃいませ、タオジさん」
「やあ、こんばんは。今日も寄らせてもらったよ」
「ふふ。お待ちの方が居られますよ」
今年四十歳を迎えるというマスターは柔らかな笑みを見せ、店の奥を指し示した。彼に礼を言い、タオジは片手を軽く挙げた。
「久し振りだな、ニーザ」
「本当にね。最後にあったのは、何年前だい?」
鷹揚に笑って彼を迎えたのは、彼の秘密を知る数少ない一人であるニーザだ。彼女もいい歳のはずだが、老女という以外は年齢不詳である。
ニーザと同じ果実の紅茶を注文し、更にオススメのケーキを付け加えた。今日のオススメはサロをふんだんに使ったサロタルトだ。濃いオレンジ色の果実が、食欲をそそる。
「それで、今日はどんな風の吹き回し?」
「迷惑そうな顔をしないでくれ。里の様子はどうだ?」
つれないニーザの態度に肩を竦めてから、タオジは本題に入った。
以前、タオジはある部下のカリスの企てにより、竜人の里は甚大な被害を受けた。竜人という伝説の存在が本当にいるということを知ったカリスが、その神秘の力を手に入れようとしたのだ。
結果的にヴェルドが身を挺して人々を守り里を焼き払い、兵士たちにも被害が出たために闇に葬られた出来事だ。
その後始末をタオジが担い、今はニーザと共に復興に手を尽くしているのだ。今日はその定期報告会という名の雑談会である。
「お待たせ致しました」
ニーザがタオジの質問に答えようとした矢先、狙ったようにマスターがタオジの注文した品を持って来た。温かな紅茶とサロのタルトを見て、タオジの顔が思わず緩む。
「ありがとう、マスター」
「いいえ。ニーザさんは紅茶のお代わりと甘いものは如何ですか?」
「では、貰いましょうか。お代わりと、わしはサロとチョコレートのケーキで」
「承りました」
マスターは、二人の会話を極力邪魔しないようにタイミングを推し量ってくれているのだろう。今もタイミングが絶妙だった。
すぐに紅茶のお代わりとケーキが運ばれて来て、マスターはカウンターの奥に行ってしまった。
言っては悪いが、この喫茶店は常連客しか来ない。新しい客は、基本的に常連客が連れて来るのだ。
「さて、話を戻そうか」
紅茶を半分ほど飲み、タオジはタルトをつつきながらそう言った。
ニーザもケーキをフォークで一口大に切り、口に運ぶ。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、穏やかな気持ちになる。
「そうだね。じゃあ、質問に答えようか」
二杯目の紅茶を少し飲み、ニーザは改めて口を開いた。
「里の復興は順調だよ。アルシナとジュングが中心になって、若い者たちを動かしてくれてる。そのお蔭か、年寄連中や子どもたちも意欲的でね。あの子たちには感謝してもし切れないよ。……ヴェルドが目覚めなくて不安だろうにね」
「そうか。あの子たちは、私から見てもなかなか凄いと思う。私は里を出て長いが……あんな風に外と接触して新たな縁を結ぶ者がいるとはな」
「新しい里のこと、絶対に仕事先で言うんじゃないよ? また同じことが繰り返されたらことだからね」
ニーザに言い含められ、流石にタオジは苦笑いするしかない。
「わかっている。私とて、故郷が再び壊されるようなことがあれば我慢は出来んよ。今回は何も出来なかったが、ね」
「わかっているなら良いじゃないか。あんたは竜人だ。いつ何に遭遇するかわからないだろう?」
「竜人とはいえ、老い先は短いよ」
「それだけタルトを食べれるなら、大丈夫だ」
「その言葉、タルトをケーキに変えて返させてもらおう」
気安い関係だからこそ、少々意地の悪い言い方でも不快に思うことはない。
タオジはそれから一時間ほどニーザと話し込んだ後、喫茶店の前で彼女と別れた。
「それじゃあ、また」
「ああ。また会おう」
風もない穏やかな夜、家々の明かりが道を照らしていた。
―――――
次回はニーザのお話です。
お楽しみに。
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