ゴーダ─3 春直の師

 日が世界を照らす中、シュンシュンっという空気を裂く音が響く。時々、金属がぶつかり合うキンッという音も聞こえる。

「ほら、まだまだ!」

「くっそぉ……たあっ!」

 キンッと組み合ったのは、ゴーダの剣と春直の爪だ。普通の爪なら耐えられずに剥がれてしまうだろうが、春直のそれは封血の覚醒により格段に強固になっている。そう簡単に、剣に負けない。

 一度離れ、再び打ち合う。それを何度も繰り返し、二人の額には汗が光った。

 ここは古来種の里。とある理由で里にやって来た春直は、ゴーダたちに戦闘訓練を受けているのだ。

 強くなりたいと願う春直に、ゴーダとクロザ、ツユは持てる力を使って教えることにしている。それが、今出来るせめてもの償いだ。

 何回、何十回という刃の交えを続けたことで、流石に二人とも息が上がった。

「よし、一旦休憩しましょう」

「うん」

 前髪を片手で上げたゴーダに応じ、春直はその場に座り込む。ポタポタと頬を伝い顎から落ちた汗が、地面にシミを作った。

 シャツを掴みパタパタとあおいで空気を入れていた春直の上に、人影が被った。

「お疲れ」

「ありがとう、クロザ」

 クロザから冷たい水を受け取り、春直は一気に飲み干す。はぁ、と息をつくと、コップをクロザに取り上げられた。

「まだやるのか?」

「うん。……一刻も早く、早く戻らなきゃ。謝ら、なきゃ」

 春直は目を伏せ、声も消える。途端に静かになってしまった春直の背を、ゴーダがはたく。

 ゴーダもまた、飲み干したコップをクロザに預けた。さっぱりとした後味は、柑橘の果汁が入っていることを示していて美味しい。

「仲直りするためにも、仲間を守るためにも、もっと強くなりたいんだろう? もう一戦やりましょうか」

「お願いします!」

 春直は再び戦闘態勢に入り、低い姿勢から一気に飛び出した。それを確実に受け、ゴーダは剣で弾き返した。


 春直が大怪我をして里に運ばれてきた時は驚いたが、その原因に封血の暴走が深く関係していたとは。

 夜になり、疲労困憊の春直は既にベッドで夢の世界に旅立った。ゴーダはノンカフェインの紅茶を飲みながら、居間でのんびりと座っている。

「ゴーダ」

 そこへ、シャワーを浴びてさっぱりとしたクロザが現れる。二人はこの里長の屋敷で、共に暮らしているのだ。

「飲むかい?」

「ああ、頼む」

 ゴーダはクロザにアイスティーを手渡す。すると、クロザはゴーダの向かい側に腰かけた。

「ゴーダから見て、春直はどうだ?」

「こんなに短期間で封血を操れるようになるなんて、驚きだ。ここに来て、まだ二日経たないくらいなのに」

 春直が里に足を踏み入れたのは、昨日の夜。そして今日の夕刻には、完璧に近い程力を使いこなして自分の物にしていた。

 少年だからそれだけ呑み込みが早いのか、それはわからない。わからないが、彼の気迫がそうさせるのだろう。

「会った瞬間、罵倒されるかと思ったよ」

「この前、初対面の時はオレも思った。だけど、あいつは強いよ」

 オレが負けそうだ。クロザは苦笑し、春直が眠る寝室を見て目を細めた。

「明日か明後日か、もう仲間の元に帰るだろうな」

「いつまでもここに居ちゃいけない。彼……いや、彼らには大きな戦いが控えているから」

 ゴーダの呟きに、クロザも頷いた。

 神庭かみのにわと呼ばれ語られる、この世と一線を画す神々の世界。そしてもう一つ、スカドゥラ王国という戦闘国家。

 二つの勢力との戦いを強いられた銀の華にとって、春直は大切な仲間の一人だ。それを知っているからこそ、返しきれない大きな恩があるからこそ、ゴーダたちはすべきことをする。

「……明日は、オレも参加する」

「わかった」

 しばしの沈黙の後、二人はそんな短い会話をして、それぞれの部屋へと戻っていった。


 翌日も早くから、古来種の里に三人分の声と音が響く。

「行くぞ!」

 伸ばした爪を赤く変色させた春直が、剣を構えるクロザに突っ込んでいく。

 爪を弾き、クロザは剣を振り下ろした。ゴッという音と共に、地面にひびが入る。しかし、そこに春直の影はない。

「へっ、やるなぁ!」

「バレたか」

 ジャンプでクロザの後ろを取っていた春直だか、振り向きざまに振られた剣を躱すために再び上空を舞った。彼の影がクロザにかかり、太陽を隠す。

 真っ直ぐに伸びた爪に、淡い光が宿った。その光は赤く燃え上がり、変色した春直の右目が煌めく。

「『操血そうけつ』───赤花せっか!」

 瞬時に春直の爪が真っ赤に輝き、大きく太く成長する。手を振りかぶると、春直はクロザに向かって爪を振り下ろした。

 しかし。

「僕を忘れては困るよ?」

「ゴーダ……」

 クロザと春直の間に滑り込んだゴーダが、鞘で爪を受け止める。充分な耐久力はなく、パキパキと限界を叫ぶ鞘の音がした。

 それでも、ゴーダには充分過ぎる時間だ。

「はあっ」

「う、っわ……グッ」

 突然割り込まれて怯んだ隙を突かれ、春直はゴーダに体当たりされて飛ばされた。ザザッと地面に倒れ込み、砂だらけになって起き上がる。

「あぁ、もう少しだったのに!」

「『封血』の技を手に入れたのは大きいけれど、まだ完全とは言い難いね」

 ニヤッと勝ち誇ったゴーダを見て、春直は再び仰向けに寝転がった。少しすねねたらしい。

「助かったぜ、ゴーダ」

「クロザは少し甘く見すぎだね」

「……気を付ける」

 ゴーダに言い当てられ、クロザは軽く笑った。

 ほんの少し、春直の実力を甘く見た。それが今回の敗因だと指摘され、ぐうの音も出ない。

「次は、絶対ぼくが勝つから!」

 いつの間にか立ち上がっていた春直が、ビシリと人差し指をゴーダたちに向かって突き付ける。その仕草が少年らしくて、二人は和やかな気持ちになった。

 しかし、春直は真剣だ。その気持ちに、決意に応えなければならない。

「ああ。だが、今度こそはオレが勝つ」

「僕も、負ける気はないよ?」

 三人の間に、火花が散った。


 ──その約束が果たされるのは、もう少し先のこと。



 ──────

 次回からはツユのお話です。

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